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第12話

 冷徹な光が、柔和なものにとって代わってその双眸に宿る。うろたえ、スツールをがたつかせて立ち上がるおれの右手を捕らえて捧げ持ち、手の甲に恭しげにくちづける男性(ひと)は設楽じゃない……まがうかたなき設楽Aだ! 「カリスペーラ(こんばんは)、冬哉。一別以来だがキスの続きを賭けて、今度は何でひと勝負といく」    俺さま的な第一声を聞いて、スツールに崩れ落ちた。まさか、もしかすると、ダイスが引き金になって記憶が甦ったのだとしても、別の人格が乗り移ったように表情はもとよりしゃべりかたまで変化するなんて、詐欺だ! 「設楽、今日は何月何日か、わかるか」 「いきなり謎かけとは、何かの試験なのか」  念のために放った問いに対して、設楽Aはカジノに颯爽と登場した年月日をふくみ笑いを交えて即答する。それから、違和感を覚えたのかうつむき、タキシードとは似ても似つかないネルのシャツとジーンズという自分の姿を認めて、腑に落ちないというふうに袖口をつまんだ。 「あなたがルーレットで勝ちまくったのは五日も前。で、帰り道にトラブったみたいで野垂れ死ぬ寸前のあなたを、おれが保護した」 「まことしやかに人をたばかるとは、きみは愛くるしい外見に似げない策士だな」  一笑に付して、ダイスをもてあそぶ設楽Aに吸い寄せられがちな視線をもぎ離す。白状する。鼻もちならない言動を補ってあまりある魅力にあふれ、ルーレットで桁外れの勝負強さを発揮した設楽Aの面影が頭にこびりついて離れなかったといえば嘘になる。 「……手慰みにグラスの中でダイスをタワー状に積むの、やってみせる気、ある?」 「お安い御用だが、報酬はあるんだろうね」  よそゆきの笑顔ではぐらかして、設楽Aにグラスを押しつける。肘をわずかに曲げた状態でゴーサインを待ち受けていた腕が鞭のようにしなって天板に散らばったダイスをたぐり寄せたとたん、おれは目を瞠った。   それは、まさしく電光石火の早業だ。無限大の記号を描くような軌跡をたどりながらグラスがすさまじいスピードで動き、にもかかわらず設楽Aは欠伸を嚙み殺す。  ダイスがぶつかり合うからころという陽気な音がやむと同時に、オープン、と手が振られた。  さあ、お手並み拝見だ。おれはグラスを持ち上げて、のけ反った。  ダイスは、美しい塔をなしていた。それも四個すべて〝1〟の面が上を向いているという出来栄えなのだから、芸が細かい。 「他に、わたしにやらせてみたいことは」  第二弾はこれだとカードを渡せば、それをシャッフルする指さばきも扇形に広げる手つきも玄人はだし……どころの騒ぎじゃない。 「マジ……かよ。クラブはクラブ、ダイヤはダイヤでまとまってAから順番に並んでる」  超絶技巧的な芸当を涼しい顔でやってのけるのは、凄腕のディーラーか奇術師か、さもなければ名うてのイカサマ師だ。

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