13 / 37

第13話

  「『設楽』、あなたは何者なんだ」 「ただでは教えない、と言えば?」  キスと引き換えに正体を明かす、と暗に匂わせるように、わざと絵柄同士をくっつけて重ねたスペードのKとハートのQをすべらせてよこす。  おれは二枚のカードをひとまとめに握りつぶして、にっこりと笑った。 「難攻不落であれば、なおさら口説き甲斐が……アタ、マ……頭が痛い、痛い……っ!」  スツールが横倒しになってカードが舞い狂うなか、おれは、うずくまって呻くのかたわらにあわててしゃがんだ。もし、万にひとつ医者が見落としていた血腫があって、それが膨れて脳を圧迫して……この、謎めいた男性(ひと)がぽっくり逝ったら、どうしよう。  縁起でもない、と頭をひと振りした。脂汗にまみれた顔を覗き込んで目をしばたたいた。  設楽Aは、心の中の暗黒領域に再び隠れてしまった……?  眩暈と闘っているのか、こめかみを揉み、それでも居住まいを正したは、はにかんだふうに微笑(わら)う。間違いない。こちらの彼は正真正銘、道ばたで拾ってからこっち、おれが手取り足取り雑用係の基本をたたき込んだ記憶喪失バージョンの設楽だ。 「気分は? 往診を頼もうか」 「……単なる頭痛に、大げさです」 「強がるんじゃない。動くな、休んでろ」  大丈夫、とやせ我慢を張る設楽を無理やり横たえて膝枕をあてがうと、彼はさんざん口ごもったすえに遠慮がちに切り出した。 「たいへん厚かましいお願いなのですが……手を握っていただいてもよろしいですか」 「甘ったれたセリフを吐くのは、この口か」  をつねったあとで、かったるいなあ、という体を装って躰の両脇に投げ出された腕を胸にかき抱いた。すると設楽はぎゅうっと、命綱に摑まるようにぎゅっと握り返してきたおれの手に頬をすりつけて目をつぶる。  わんこ体質の設楽。  威厳に満ちた設楽A。  設楽と設楽Aはいわば乖離した状態にあり、ダイスが呼び水となって急激な人格交替劇が行われたことで精神的緩衝器(ショック・アブ・ソーバー)が働いてシステムがダウンしたみたいだ。  苦悶の表情が安らかな寝顔へとゆるゆると移ろいゆくさまを眺めているうちに、泣けてきた。  不倫男の奥さんに慰謝料を請求されて借金を背負い、一連の騒動が両親にバレて以来実家とは絶縁状態で、沢木には全幅の信頼を寄せているけれど恋愛対象には程遠い。

ともだちにシェアしよう!