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第5章 カラーベット

    第5章 カラーベット  賭け事にのめり込んだすえに廃人になり果てた例は枚挙にいとまがない。なのに好事家がカジノに足しげく通うのは、なぜか。  それは、ルーレットを例に引けばホイールが回転しているあいだの数十秒間に背徳感をあわせもつ緊張感を味わえて、その、いかがわしさに病みつきになるからだ。  いつ何時(なんどき)記憶が戻るか予断を許さない設楽と睦み合うシチュエーションは、彼と心を通わせれば通わせるほど近い将来、必ず訪れるにちがいない別れがつらいものになるという不安がつきまとう。それだけに、賭け事に負けず劣らず危険をともなう。  とは距離をおいてつき合うのが賢明。  含蓄に富んだこれが沢木の意見で、共感できる部分は大いにあるものの、設楽とおれの仲は日一日と親密さを増していった。  愛犬のシモの世話をしてやる程度のノリで設楽とじゃれた翌々日、ふだんは片時もおれのそばを離れない彼の姿がいつのまにか視界から消えている。  おれが倉庫でカードの在庫をチェックしている間に、沢木におつかいを命じられて出かけた? それとも……設楽Aが何かの拍子に出現したその足で、彼が本来属する世界に帰った……? 「まっ、遅かれ早かれって予測してたし?」  挨拶なしか、恩知らず、と設楽を毒づき、つとめて明るい歌を口ずさみながら更衣室に 入り、設楽の制服をロッカーから引っぱり出した。ランドリー袋にぶち込みかけて、そこ で瞼が熱を帯びて、ベストとシャツをひとまとめにかき抱いた。  ほのかな残り香を胸いっぱいに吸い込む。そこに、曇天にもかかわらずうっすらと汗をかいた設楽が、ボールを銜えて飼い主のもとに駆け戻るわんこよろしく、息せき切って飛び込んできた。 「どこを、ほっつき歩ってんだよ!」 「臨時のアルバイト代というものをボスがくださいましたので、ささやかな物ですが冬哉 さんに、これを」  呆気ない幕切れ、とほとんどあきらめモードに入っていた。設楽が帰ってきて安心したのと、人をやきもきさせた彼が恨めしいのがごちゃ混ぜになった気分で差し出された紙袋を受け取る。クリスマス仕様のラッピングがほどこされた包みを開いてみると、ささやかなもの、と謙遜する贈り物は湯たんぽだ。 「寒がりさんの必須アイテムだと、お店のかたが推奨しておられました」 「無駄遣いして、バカだなぁ……おれに何か買うより、洋服でも靴でも自分のものを買え ばいいのに。設楽は、バカだなあ」    ヒツジをかたどった付属品のカバーで咄嗟に顔を覆って、泣きべそを隠した。うれしい、ただただ嬉しい。  かつてブランドの歴史だなんて恩着せがましい蘊蓄(うんちく)つきで不倫男がくれた腕時計より、何百倍も素敵な贈り物だ。    照れ隠しに細い鼻梁をつまんで設楽をからかって、そして瞼をこすった。間近に仰ぐ優しい笑顔と、ひと癖もふた癖もありげな微笑が二重写しになってみえるのは、錯覚……?

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