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第19話

     ダイスと戯れたことが深層心理に働きかけたときと同じく、何かが影響をおよぼして設楽Aが意識の表層に浮上しかけている……? 「冬哉さん、顔色がすぐれません」 「うん、寒くて凍えそうだけど電気代をケチって、設楽であったまるんで我慢しよっと」  たとえの安らぎにすぎなくても、少なくともこの瞬間は手が届く距離にある背中に抱きついた。そして胸元で腕を交叉させる。設楽で始まって設楽で終わる毎日に終止符が打たれることが、ちょっぴり怖くなった。  あくまで、それだけの話だ。  それに働き者の設楽は今やカジノの立派な戦力だ(仕事の鬼の異名をとる沢木が設楽は優秀な人材だと認めるほどだ)。  実際、クロークで預かっていたコートを客に着せかけるさいの仕種が綺麗で、男の色香を振りまく雑用係とくれば、有閑マダムどもの恰好のオモチャ……いいや、獲物だ。  設楽をめぐるラブゲームがかまびすしく繰り広げられたあげく、ぬけがけは禁止という紳士協定が女性客のあいだで締結されるに至っては、開いた口がふさがらない。  おれは、といえば。  某社長令嬢が設楽にしなだれる光景を垣間見るともやもやした気分を持てあまし、チップを数えそこなう始末だ。 「あの巨乳のアラサー女、バカラそっちのけで設楽に媚びちゃって浅ましいの。設楽は最近は、モテまくりのよりどりみどりだな」 「わたしにとっては巨乳も貧乳も均しく脂肪の塊で、興味はありません。わたしは……」  襟足に、ためらいがちに唇を寄せてくる。 「冬哉さんのここにくちづけるお許しをいただくことが、望外の喜びなのです」  恋愛ごっこを謳歌するのは役得のうち、と開き直った感がある。いじけたおれを設楽がキスでなだめるというパターンの甘酸っぱさにハマって、わざと拗ねてみたりもした。  図に乗れば報いを受けることは、不倫男にコケにされた一件を通して学んだはずなのに。  おまけに、迂闊だった。設楽と頻繁にアイコンタクトを交わし、おれの物だった指環が彼の左手できらめいているようでは、沢木がキレるのは時間の問題だった。  乳首を咬んでやると冬哉は啼きまくる──。  カマをかけがてら沢木がそう呟くと、 「有益な情報をありがとうございます」  口からデマカセを額面通りに受け取った設楽は深々と頭を下げ、やぶ蛇以外のなにものでもない返答が逆鱗に触れた。  嫉妬の嵐が吹き荒れたのは年の瀬にしてはうららかな午後で、同時刻、おれは沢木に言いつかって顧客にお歳暮を届けにいっていた。

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