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第7章 ファイブナンバーベット

    第7章 ファイブナンバーベット  設楽をめぐってひと波瀾あった翌日。宿酔(ふつかよ)いと、でかでかと書いてあるむくんだ顔で現れた沢木が、鹿爪らしげに宣言した。 「フラれた男は執念深い。よって設楽、憂さ晴らしにおまえをいびっていびり抜く」  御意に、と慇懃に頭を下げると設楽は命じられるがままに沢木の肩を揉み、茶を淹れる。  おれは妙に阿・吽の呼吸的なやりとりに微苦笑を誘われ、風花が舞う午後がまったりと過ぎていったその夜、事件は起こった。  大金が動く性格上、羊の皮をかぶったハイエナがカジノを荒らしにくることがたまぁにある。この夜訪れた七十代後半の男性客がまさにその典型で、ステッキを突いてよたよたと店に入ってきたくせにブラックジャックのテーブルについたとたん背筋がしゃきっと伸びたのだから、大したタマだ。  ところでブラックジャックのルール自体は、わりと単純だ。ディーラーを含めてゲームに参加する最高で七人のプレイヤーに、カードがまず二枚ずつ配られる。  プレイヤーはカードの数字を合計した点数が『21』を超えない範囲で、なおかつ21により近づくように加減しつつ、チップを上積みしてカードをさらに引くなりディーラーに勝てると判断した時点でオープンするなり、する。  表情の微妙な変化に神経を研ぎ澄ませて、対戦相手の手の内を読む。心理戦を制する者のみがゲームの醍醐味を味わえるこのブラックジャックで、老人はずば抜けた強さをみせた(とは目撃談だ)。 「仏さまの慈悲にすがって、もう一枚引いてみるとしますか……おや、そろいました」  場にさらされたカードは、クラブの5とダイヤの5と(エース)。絵札は10点、Aは1点もしくは11点と計算される仕組みなので、老人の手は、なるほどブラックジャックだ。  つづく二回戦は、あっさりカタがついた。カードはその都度、専用の機械でシャッフルされるので特定のプレイヤーに有利に事が運ぶ確率は低い。にもかかわらず、老人に配られたカードはスペードのAとクラブの(ジャック)。  つぎの一戦では欲をかいてバスト──つまり21点を超えた対戦相手を尻目に、19点と手堅くまとめた老人が、たんまり稼いだ。  老人はその後もツキまくり、ディーラーの名折れという展開にブラックジャックを担当する同僚が蒼ざめていたころ、おれは軽快にルーレットのテーブルを切り回していた。  ホイールを回すリズムが狂うと、客が覿面に白けてしまう。だから勝負がだれることがないように相棒とかわりばんこに随時、休憩をとってリフレッシュする。  けれど、相棒が蝶ネクタイをひと撫でしたのを合図に持ち場を離れたところに設楽が近づいてきてこう耳打ちしたものだから、コーヒーを飲みにいくどころじゃなくなった。

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