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第25話

  「新顔のご老体に、なにやら怪しいそぶりが見受けられます」  押っとり刀で現場に駆けつけると、沢木はモニタールームと密かに連絡をとるかたわら老人の手元に目を凝らし、いっぽう老人は、 「あれはどうやら、袖の裏側に仕込んでおいた自前のカードと巧妙にすり替えていますね。敵ながら天晴れな古だぬきです」    炯眼を発揮した設楽に一発でカラクリを見破られたとも知らずに21をそろえては、冥土の土産になると、はしゃいでみせる。  マジに、やばい雰囲気だ。奸智に長けた老人がイカサマで荒稼ぎするようなことが二回、三回と重なれば早晩、悪い噂が広まって上客はここに寄りつかなくなる。 「ディーラー、設楽と交替させてみれば」  おれは、沢木に囁いた。設楽と設楽Aは、もちろん同一人物だ。記憶を失う前夜に恐るべき勝ちっぷりでこのカジノを舞台にひと財産築いた設楽Aの潜在能力をもってすれば、設楽は卑劣漢をたやすく撃退できるはず。 「設楽、出番だ。あの、ふざけたじいさんが『心が折れました』って言う方向に、切り札の設楽が持っていってくれ」 「わたしには、荷が重すぎるかと……」 「設楽にならできる。おれが保証する」  見つめ合ううちに不安げに揺らめいていた双眸が爛々と輝きだし、設楽は凛と背筋を伸ばした。そして、ご加護を──と呟きつつ小指を彩る指環に接吻して右手を胸にあてがう。 「死力を尽くしま……ブラックジャックか。得意分野ではないが、きみに出馬を要請されたのであれば一肌脱ぐにやぶさかでない」 「設楽……? キャラ、変わってるかもだ」  混ぜっ返して黒いベストに包まれた脇腹を肘でこづき、その反面、頭の中でレッドアラームが点滅をはじめて血の気が引いていく。  ダイスが覚醒を促したときと同じように、カードが呼び水となって設楽が設楽Aと入れ替わりに消えてしまったら……。  墓穴を掘る真似をやらかしたおれは、救いがたいバカだ。   沢木が急遽(きゅうきょ)、ディーラーが交替する旨を告げがてら老人に一対一の勝負を提案して、それに同意を得たさいに不吉な予感は的中した。  Xデイが訪れた、ああ、シンデレラで言えば十二時の鐘が鳴ってしまった──と。  ウインクでおれを煙に巻き、髪をなびかせて決戦の舞台に赴く設楽は威風あたりを払う。観衆を睥睨(へいげい)する彼は、やっぱり設楽Aだ!  テーブルの周囲に人だかりができて、設楽Aが指をぱちんと鳴らす。審判を務める沢木が新品のカードをシャッフルしたのを機に、世紀の一戦が火蓋を切った。

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