26 / 37

第26話

 公正を期するためにディーラーは手札のうちの一枚を表に向けて置くのが慣例になっていて、今回はダイヤの6がその法則に当てはまる。小手調べというふうにもう一枚カードを引いた結果、計18点でこのゲームを終えた設楽Aに対して、老人の手は2点上回る。  ほくほく顔でチップをかき集める老人に猛禽類のそれを思わせる鋭い一瞥をくれると、設楽Aはギャルソンにバハマ産の葉巻を持ってこさせて紫煙をくゆらす。  おまえの命運は、もはや尽きた。さあ、化けの皮を剝がしてくれる──と、ほのめかすような酷薄な笑みを口許に漂わせて。  おれは設楽Aの真後ろに位置取り、激戦の行方をはらはらどきどきと見守る。  それにしても引いた時点では確かに7に見えたカードが、しなやかな指が一閃した次の瞬間には9にすり替わっているのは、毒を以て毒を制す方式で熾烈なイカサマ合戦が水面下で繰り広げられている、とか……?  鍛えぬかれたテクニックが老人の武器だとしても、寄る年波には勝てない。丁々発止と渡り合って体力の消耗が激しいようで老人は次第に焦りの色を濃くしていき、勝負勘が狂うにつれてバストする回数が増えていく。  設楽Aは逆にコンスタンスに20点乃至(ないし)21点をたたき出し、いまも、ほら……、 「手持ちのカードはご覧のとおり10。ここでエースを引けば万々歳だが結果は如何に」  咳払いひとつ無造作にめくったカードは、老人に引導を渡すにふさわしいスペードのA。 今宵の勝ち分をほぼ吐き出し、事ここに至れば致命傷を負う前に退散するのが賢明で、しかし戦法を変えて起死回生を図るのだから、老イカサマ師はしぶとい。 「そこの可愛いディーラーさん、老いぼれのわがままを聞いてくださらんか。この店でのVIP待遇を賭けて、あんたとひと勝負だ」  ひひ、と嗤うと、老人は皺深い指をおれの胸元に突きつける。  これは、罠だ。おれの力量を見定めたうえで老人はこの店のディーラーは(くみ)しやすい、と同じ穴のむじなどもに吹聴して回る気で、やくざな連中が跋扈(ばっこ)するような事態に直面すれば、沢木の〝城〟は崩れ去る。 「よし、冬哉。とどめを刺しにいけ」 「あんな海千山千とやり合えって? 無理、無理、無理、おれには絶っ対、無理!」  ヘタレ丸出しなことに首をぶんぶんと横に振りながら沢木から遠ざかるおれに、 「幸運のまじない、いや、ツキをあげよう」  こう、うそぶいて設楽Aが唇を奪いにくる。

ともだちにシェアしよう!