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第27話

   ハプニングの連続に観客が沸く。おれは設楽Aを睨み返すと、絹の手袋をはめ直した。よけいな恥をかいたことで俄然、闘志が湧いたのだから結果オーライといえるのだけれど、設楽Aの術中に陥ったようで、くやしい。   第一、おれのわんこは……設楽は、どこに行ったんだ……?  神さまの気まぐれの産物なのか、たまゆらの命を授かった設楽は、本当に蜃気楼のようにかき消えてしまった?   一緒に初詣に行こうと約束していたのに、それも叶わない?  設楽は、設楽Aの奥底で永久(とわ)の眠りについた……? いやだ、そんなの、いやだ……! 「レディス・アンド・ジェントルメン。さあ、うら若きディーラーに激励の拍手を!」  ゆきがけの駄賃に設楽Aをどつくと、おれは老人の正面に進み出た。ブラックジャックのルールに則ってまっさらなカードを複数組、沢木に要求するかたわら老人を射すくめる。 「勝負は一回こっきり。よろしいですね」  老人が殊勝げにうなずき、沢木が掌を下に向けて静粛を求め、潮が引くようにざわめきが鎮まっていくにしたがっていやがうえにも緊張が高まる。カードがシャッフルされたのちに、そこから余分な枚数が取り除かれると、心臓の音が頭蓋でこだまして喉がひりつく。  カードが配られた。慎重にめくり、おれはかろうじて平静を装いながらも天を仰いだ。  9が二枚という組み合わせは、酷だ。Aか2を引けばまずまずで、3を引けば完璧。  翻って4以上のカードを引けば……無惨。  古今東西、数多のギャンブラーが羅紗張(らしゃば)りのテーブルを舞台に禍福が織りなすさまざまなドラマを演じてきた。  一見するとなんの変哲もないこのカードは、この切符に印された行き先は果たして天国か、地獄か。  冒険する、それとも無難な線でまとめる。迷いに迷ったあげく半端な高さで手を止めたおれとは対照的に、老人は手札をちらと見たきりカードを伏せて老眼鏡のレンズを磨く。  あの余裕はハッタリ? まさか、ブラックジャックがすでに出来上がっている? 落ち着け、おれ。攪乱(かくらん)戦術に惑わされるな。  人垣が狭まって無言のプレッシャーをかけられると、全身が粘っこい汗にまみれる。沢木は、といえば勇猛で鳴らす男もさすがに苦しいときの神頼みという心境にあるようで、繰り返し十字を切る。そのさまが視野をかすめると、こちらも釣られてアーメンと呟いてしまう。  ためらい、腹をくくり、怖じ気づいたかと思えば、奮い立つ。引くか、やめるか。  やめるか、引くか……一か八か引いてやる。  意気込みと裏腹に、手は宙をさまようのみ。沢木が骨の髄までハイエナにしゃぶられかねない危険を冒して賭けに出るのは、怖い……。

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