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第28話

「臆することはありません。わたしの冬哉さんは、欲するカードを必ず引きます」  取り越し苦労に終わってよかった、本当によかった。設楽は「ハイ、どうぞ」と設楽Aに主役の座を明け渡したわけじゃなかったんだ。振り向き、穏やかな笑顔を見いだすと心がすうと凪いで、おれもちょっぴり笑った。 「けど、おれ……マジにビビってるんだ」    それを聞いて設楽は笑みを深めて、おれに秘策を授けるように、ちちんぷいぷいと唱えた。  深呼吸を一回、それからおれは、カードをもう一枚と沢木に誇らかに求めた。『無二のわんこ』はパワーの源。充電を完了したからにはチンケな悪党風情、恐るるに足りない。  設楽とうなずき合う。一拍おいてカードを軽やかにめくった、明かりに翳した。ハートのマークが縦に三つ並ぶ……カードをっ!!  つかのま、静寂。ステッキが転がり、からからという音が断末魔の叫びを髣髴(ほうふつ)とさせた。  おれはカードを見て沢木を見て老人を見た。いまさらのように小刻みに震えだした拳を突き上げてガッツポーズをとったせつな、沢木が腰が抜けたようにくずおれて、老人がどさくさにまぎれて逃げていった。 「寿命が縮まったぞ、このバカ野郎!」  おれを肩車にかつぎあげようとする沢木を邪慳に突きのけると、シャンパンが次々に抜かれるなか人混みをすり抜けてフロアを足早に横切った。それすらもどかしく、柱の陰にたたずむ設楽に飛びついた。  そして唇が届く範囲にキスの雨を降らせた……のだけれど、やんわりと押しやられる。 「愛する冬哉さん。〝指環の誓い〟を心のよりどころに、ひとまずお別れいたします」 「藪から棒に、変なこと言うなよな」  その奇妙奇天烈な光景は瞼に焼きついて、その後、夜な夜な悪夢にうなされた。  ふたつの人格が彼の内部で覇権を争っていると表現すれば、もっとも近い。透明な手が粘土をこねているように、慈愛に満ちたそれ、尊大なもの、というぐあいに表情が設楽、設楽A、設楽、設楽Aとせめぎ合うにつれて設楽Aがだんだん勢力を強めていって……設楽イコール設楽Aが、頭を抱えてうずくまった。   意識が朦朧とした状態で病院に搬送されたは問診を受けている最中に我に返り、けれど奇蹟の十数日間に関する記憶を失っていた。   かくして愛しのわんこ……もとい設楽・イアニス・鷹彦は帰国の途に就いた。古代のロマンが息づく都市、アテネをめざして。

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