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EP.1

 昔から、正義感は人一倍強かった記憶がある。  誰かがトラブルに巻き込まれていれば仲裁に入り、犯罪紛いのことをする輩がいれば厳しく注意をし、助けを求められればすぐに駆けつける。首を突っ込みすぎだなんて幼い頃から何度も言われていたけれど、如何せん正義に反することを目にしてしまうと止められない性格で。  だから、この仕事は天職だと思う。  黒丸(くろまる)泉帆(みずほ)は警察官だ。三年前、新卒で入った会社を辞め警察官試験に合格し警察学校に入り、6ヶ月間の厳しい教育を受け晴れて卒業してからというもの、ずっと交番勤務の警察官としてこの町で犯罪に目を光らせている。  小さな商店街くらいしかないこの付近の治安はよく、警察の出番なんて落とし物以外ではそうそうない。同じ交番に勤務している先輩が、よく暇だと愚痴を零しているほど。  だが、最近は少し変わったことが増えてきた。老人ばかりだった交番前の通りには今日も若い男女がたむろしている。  彼女等がそこにいる目的は、泉帆の前でパイプ椅子に座っている彼だ。 「講義が終わって帰ろうとしたら腕とか掴まれて、無理にカラオケとかに連れ込んだりするんだよ。どう思う?」 「まあ、無理やりはいけないよな」 「でしょー?」  自分が今日受けた被害について語りながら、持参したお茶菓子を頬張る青年。外にいる彼女等は皆、この青年が目当てだ。  小倉(おぐら)(うみ)。この近辺にある大学で栄養学を学んでいる、1年生の18歳。実家は隣の区にあるのだが、日が暮れるまで彼はこの交番で時間を潰す。  それは、他ならない外にいる彼等の所為。  海はSNSをしている若者の半数以上が名前を知っているらしいインフルエンサーというものらしい。主にスイーツに関する投稿をしており、表立って顔出しはしていないものの写真に映り込む体格の良さや顔の一部で『イケメンスイーツ男子』だと囃し立てられている。  ただ偶然投稿したレシピが有名になってしまっただけで、元はただの一般人。個人情報に関してリテラシーが低くそれまで一切を隠していなかった彼は、あっという間に個人を特定され、同級生に顔写真を流出させられ。今や毎日のようにこうして追いかけられる日々を送る羽目になってしまっている。  日が暮れる時間になれば人が減る。追いかけられても撒くことができる数になってから漸く海は家に帰ることができていた。  それでもSNSを辞めないのは、人気がある今突然辞めてしまえばもっと人が会いにやって来るから。アカウントを消して忘れ去られるまで時間はかからなくとも、消した理由を探りに来たり、画面越しに恋をしている誰かが暴走をする可能性だってある。これ以上騒ぎを起こされたくないから続けているのだと言っていた。  今だって、お茶菓子を写真に撮りSNSに上げている。店舗の情報も合わせて投稿すれば、それがどんなに若者向けではない上生菓子等であろうとも問い合わせが殺到し即日完売に至るほどの人気。  難儀なものだ、泉帆はそれを見ながら海に話の続きを促した。 「それでも、今日はちゃんと対策していたんだろう?」 「うん。くろちゃんのアドバイス通り、今日は予定あるからって言ったんだ。でも、どうせ此処に来るだけなんでしょって言われちゃってさぁ」 「まあ、実際それは当たりだもんな」 「おれにとっては名前も知らない女子に囲まれてカラオケで遊ぶより、此処で大好きな友だちのくろちゃんと一緒にお茶飲んでる方が大事な予定なの」  若干舌足らずな口調なのは初めて相談に来た頃からで、タメ口な上にあだ名で呼んでくるのも初めから。別に嫌なわけではないが、距離の詰め方に最初の頃は戸惑った。  最近の若い子は皆こうなのだと合点し、受け流すようになって早3ヶ月。7月に入った今では毎日のように顔を合わせるのも毎日のルーティンの中に組み込まれていたが、やはり自分以外の警察官からしてみればこうして意味のない会話をしていること自体あまりよろしくないのは知っている。  そろそろ自分と交代で勤務に入る先輩がやって来る時間だ。イケメンだからというなんとも下らない理由で海に苦手意識がある彼はきっとまた事件でもないんだからと海を追い出しにかかるだろう。海も海なりにストーカー被害に悩まされているというのにだ。  今日の愚痴は同じ大学の学生からの付き纏いに近いものだったが、海は数ヶ月前まで、酷いストーカー被害に遭っていた。加害者はなんと海の高校時代の恩師で、同性。  そういった趣味嗜好が存在することは知っていたが、実際に同性愛者を見ることはそれが初めてだった。ただ好きな相手が同性なだけだ、他の人間とは何も変わらない。それはわかっていても、初めに見てしまったのがそれだった所為で、あまり同性愛者自体に良い印象は持てなくなってしまった。  今は同じ大学の女性からの執拗な誘いだけらしいが、またいつそのレベルのストーカーが現れるかわからない。海の言葉に、警察に仲のいい友人がいると言えば牽制にもなるからと時々の雑談はしに来ていいと言ったのが5月末の話。  それから1ヶ月半。海は時々どころか、毎日のように交番に通い詰めていた。

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