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EP.4

 普段の直接的なアプローチは何とも思わないのに、なんてことない海の言動に揺らいでしまう。  夜が更ける前に子供は家に帰るもの。幾ら大学生でも未成年には変わりないからと、21時になる前には送りに出るようにしている。  今日もまた20時には海を駅まで送るため外に出ていた。隣を歩く海の肩の位置は高く、少し見上げると月明かりで金髪が煌めいている。 「海くん。俺が相手だから冗談で済まされるけど、他の人にはあまり言ったら駄目だよ」 「なにを?」 「色々。厄介な人が勘違いしたら困るのは君なんだからな」 「……勘違い、してくれてもいいのに」  立ち止まって、そう言って笑う姿も顔立ちが整っている分ドキドキしてしまう。思わず視線を逸らし俯いてしまえば、海はまたすぐに歩き出した。  冗談に決まってるでしょなんて言いながら笑って進んでいく彼に、出会ってからずっと振り回されている。本気で捉えてはいけない。この子は誰にだって懐いていく子だ。  それにこの子だって口だけで、本当は男相手にどうこうなんて考えてもいないに決まっている。“あれだけ”怖い思いをしたのだ、男同士で連想するようなこと自体嫌になっていてもおかしくない。  それを払拭するために冗談を口にしているのかもしれない。だからきつくは咎めたりはしないが、勘違いされたくなければ他には言わないように。海がまだ続けるようなら、泉帆は何度でも注意は続けるつもりだった。  駅が近付けば人通りも増えてくる。丁度横断歩道の信号が赤になり立ち止まると、海は鞄の中から黒いスマートフォンを取り出した。何度か見たことはあるが、それはオレンジ色のものとは違い男らしく無骨なカバーをつけており、海のイメージからは程遠い。2台持ちが珍しいわけではないが、あまりにもイメージとかけ離れたデザインだから好んで選んだとは思えない。  親が買い与えたものなのだろうか。画面は見ないようにしながら手元を注視していると、海はそっと画面を隠し笑った。 「見ないでよ、えっち」 「画面は見てないよ、でもごめんな。前から気になってたんだけど、海くんスマホ2台持ちなんだ?」 「うん、ちょっと色々あってね。くろちゃん、おれ友達に会う予定できちゃったから急がないと。今日はここまででいいよ」 「駅までなら送るよ」 「大丈夫。おれだって立派かはわかんないけど男だよ、このくらいの距離なら大丈夫」 「そう?」 「うん。だから平気だよ、いつもありがとね」  信号が青になり、海はスマートフォンを鞄の中に滑らせると走って渡って行ってしまった。必要がないならと追いかけはせず、手を振りながら歩いていくそれに軽く振り返し、角を曲がり見えなくなるまで見送る。  ふわふわの金髪が見えなくなってから、泉帆はそちらに背を向け家へと足を向けた。  そういえば、海の口から友達に会うという言葉を聞いたのは初めてかもしれない。毎日のように泉帆と会い、泉帆ではない特定の相手との接触を避けているような節を見せていたからこんな夜遅くに会う相手がいるのかと思ってしまった。  学校に通っているのだし、友人の1人や2人はいるか。泉帆は考えるのをやめ、寝るまでは動画でも見ようかと海から意識を逸らした。 * * * *  マスクと帽子を装着してから駅に着き、改札を通って階段を駆け上る。ホームに上がればすぐに急行の電車は来ており、海はそれに飛び乗った。  流石に8時も過ぎていれば自分のことを知っている人間は乗っていないようで、視線が注がれることはない。自意識過剰なのはわかっているけれど、垢抜けている外見の女子高生の8割以上は自分のことを知っている。顔だって流出してしまった今、どこでだって気は抜けない。  電車に乗ってから3駅目。海はそこで降りると改札を出、人通りの少ない方へと向かった。人目を気にするような生活になってしまってから早数ヶ月、視線というものには敏感になった。向けられている視線がないことを確認し、目的地に足を踏み入れた。  高架横にあるラブホテル。鞄に滑り込ませていた黒いスマートフォンを取り出し、来ていたメッセージを確認してから部屋番号を顔の見えないフロントに告げ、確認がとれてからそちらに向かう。  部屋に入ると、男がベッドの上で寛いでいた。 「遅かったな」 「ごめんね、人と会ってたから」 「男か?」 「もー、嫉妬しないでよ。おれとはそんな関係じゃないでしょ」  この男に会うのはこれで2回目。海は鞄を放り、綺麗にしてからだと風呂に向かった。  前日から約束をしてほしいと言ったのに、強引さに負けてしまった。別に会うこと自体が嫌なわけではないのだから、ちゃんと言ってほしいだけなのに。  身体も“中”も綺麗に洗い、バスローブを身に纏い男が待つベッドの上へ。  男は海が近付くなり襲い掛かろうとしてきたが、それはやんわりと止めた。 「やぁだ。おれ、主導権握りたいって言ってるよね」 「なら早く舐めろよ」 「命令しないで、そういう人おれ大嫌い。あんたがおれのこと気持ちよくしてよ、じゃなきゃ後ろも使わせないから」  泉帆に対しての態度とは180度違う、高圧的で不遜な態度。男は大人しく横になった海の足を掬いとり、爪先にくちづけた。  海は生粋のゲイだ。小さい頃からずっと男相手にしか恋愛感情も、劣情も抱いたことがない。甘いマスクや身長で女子はよく釣れるが、男は逆に敵対されてしまう。だから、こうして自分の相手をしてくれるのであれば誰でもいい。  この行為自体は高校生の頃から行なっている。まだ成長しきっていなかった数年前はよかったが、今の成長しきったこの身体を抱いてくれる相手はあまりいない。  そういった人が集まるスポットに行ってみる勇気もなく、ただ掲示板で募集をかけるだけ。  ただ、一切金は受け取らない。ホテルの金は払ってもらうが、それ以外では要求しない。金に困っているわけじゃない、ただ抱かれたいだけ。  キスもしない、前戯もあまり求めない。ただ、後ろから抱き締められて抱かれたい。  海は、快楽目的での売春を行なっていた。  泉帆のことは好きだ。だからキスをせがんだりしてみるけれど、冗談だとすぐに躱されてしまう毎日。でもそれでいい。別に泉帆と付き合ったり、そういったことは望んでいない。  好きな相手はずっと追いかけていたい。嫌われない程度にアプローチをかけて、それでも絶対に自分で決めたラインは超えない。冗談だと思われていた方が都合がいいから、アプローチをかけてあちらがその気になっていないことを確かめているだけ。  どうせ1番になれたって、いつか2番よりも下になってしまうから。だから、1番にはなりたくない。恋人にはなれなくていい。一方的に想いを募らせている、それだけでいい。  それでも時々、堪らなくなってしまう。だからこうして、違う誰かに抱いてもらうのだ。

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