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EP.6

「大したことじゃないよ。おれの顔は見たくないって言われちゃったしお母さんも妹の味方してたから、じゃあ2人の頭が冷えるまでは帰らないようにしようかなって」 「それで、ネットカフェ?」 「うん。漫画喫茶とかも行ったことないから色々見たくてさ、適当に探すつもり」 「……海くん、君はまだ未成年なんだよ」  普通のホテルなわけではなく、ネットカフェは店によってはブースの上が吹き抜け状態で、盗難なども有り得る。まだ18歳の海がそこに泊まると聞いては止めないはずもない。  まだ未成年で実家暮らしで、アルバイトもしていないから親に全てを頼りきりな生活をしている海を危険な目に遭わせたくはない。泉帆の諭すような声色に、海は紅茶のセットをお盆に乗せ泉帆の近くに腰を下ろした。 「おれだって18歳だよ? そこまで心配するようなことはないでしょ」 「あるから言ってるんだ。18なんてまだ子供だよ。そういうところに泊まるくらいならうちに泊まればいい、前泊まりたいって言ってたろ」 「だ、だめ。今日はだめ」 「着替えとか持ってきてあるんだろ?」  まさか駄目だと言われるとは思っていなかったため面喰らう。何故だ、ただ泊まる場所がネットカフェから泉帆の家に変わるだけなのに。  海は、恥ずかしげに顔を逸らした。 「今日は、くろちゃんちに泊まる心の準備もまだできてないから」 「心の準備って……、いつも遊びに来てるからその延長だろ。何も身構える必要はないよ」 「でもだめ、お布団とかもないし」 「海くんがベッドを使えばいいよ」  とにかく、不特定多数の人間が集まるような空間に寝泊まりなんてさせられない。接近禁止のストーカーだっているのに安心できない場所に泊めたくない。謂わば自分のエゴに近いが、頑なにごり押した。  嫌がっていた海も、ストーカーの話も交え説得を続ければ観念したのか頷いてくれる。  そろそろ夏休みだから、その時に泊まりに来る予定だった。今日は狙ったわけじゃなく、本当に偶然重なってしまっただけ。海の言い訳めいた言葉に、そんなことは気にしないのにと思ってしまう。  別に男同士だから雑魚寝でも構わないし、何があるわけでもあるまいに。  サンドウィッチを食べ、海が恋愛ドラマを見始めてしまったため自分は元から今日やるつもりだった趣味の銀細工を始める。  不器用ながらに始めた高校の頃からの趣味で、かれこれ10年近くも継続している。  アクセサリーは作るだけ作り、自分では身につけない。粘土をこねているのを後ろから覗き込まれ、泉帆は振り向いた。 「気になる?」 「うん。くろちゃん不器用なのに粘土触れるの?」 「まあ、これに関しては慣れだしね。10年もやってれば少しはできるよ」 「料理を趣味にすれば、茹で卵が爆発することもなかったかもね」 「それは言わないでくれ」  銀細工に関しては趣味として没頭できるが、料理は本当に向いていない。不器用を克服できたのは銀細工だけだった。  また手元に視線を戻し形を作り始めると、海は耳許で声を上げた。 「あ、くろちゃん昔ピアスしてた?」 「よくわかったね、もうほぼ痕なんて残ってないだろ」  つん、と耳朶に指先で触れられた。  昔、高校の頃は親に逆らいたい一心で少しヤンチャをしていた時期もありピアスを開けていた。自分の好みのものがないからと銀細工を始めたのもその頃。ピアス自体はすぐに外してやめてしまったからもう塞がってしまっているが、海はその痕を見つけ指先で触れてきた。 「おれもね、ピアスしてるんだ」 「でも耳にはつけてないよな?」 「好きな人以外には見せないとこ」  視線も動かさず、確か耳にはしていなかったはずだと思い出しながら聞いてみる。すると、海は耳許に顔を近付け囁いてきた。  流石に驚き逃げると、海はからからと笑いながらドラマを見に戻ってしまった。高いような、それでいて低くも感じる不思議な声質。いつもより甘ったるさを含ませた声色に否応なく心臓が跳ねてしまう。  どう見たって男性なのに、少女のように見えてくる不思議な子だ。  好きな人以外には見せないところ。だとしたら隠れた場所なのだろうが、夏場の薄着でも浮いて見えないということは……、とそこで考えるのはやめる。  海の身体を舐め回すように見てしまった。そんな罪悪感を抱えながら、泉帆は手元の粘土にだけ意識を集中させることにした。

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