9 / 40

EP.9

 それさえなければ普通のいい子なのに。昼食をとり終わってからは海はまたボックスの中のものを見ながらドラマ視聴も再開した。泉帆は皿洗いを終わらせ洗濯物を乾燥させ、銀粘土はまた明日以降にしようと海の隣に座りテレビ画面を見る。  若い女性に人気だと以前先輩に聞いた、30近い警察官に恋する女子高生が付き合い結婚するまでのラブストーリー。先輩は実際こんなことがあったらいいとぼやいていたが、少し似通ったシチュエーションの当事者としては何とも返答に困る会話だった。  何故ここでこのドラマをチョイスしたのか。今見ているのは4話らしく、警察官と女子高生がそれぞれ友人に連れられて出かけた水族館で偶然出会い、迷子を言い訳に2人きりでデートをするというもの。まずは友人を見つけてやれ、手を繋ぐなと勝手にハラハラしてしまっているが、隣で見ている海は枕を抱きかかえ見入っている。  そして、ボソリと一言。 「いいなぁ……」  それが俳優と女優どちらに向けて発せられたものなのかはわからない。聞こえないふりをして、ドラマの続きを見守った。  人気だと言われるだけあって、連続で視聴していると時間も忘れ次の話を追いかけてしまった。  途中で夕方になっていると気付いた海が夕飯を作り、白米が炊けるまで順番にシャワーを浴びる。この部屋にドライヤーはない。ぽたぽたと水滴を垂らしている海の髪をがしがしとタオルで拭ってやり、手櫛で綺麗に整える。ふわふわだった髪はまるで風呂に入れられ濡れそぼった大型犬のようになってしまった。  夕飯を食べながらドラマの最終回を見、まだ寝る時間には早いがベッドを海に譲る。自分が床に寝ると言って聞かなかったが、お客様だからと頑なに譲らなかった。  ドラマが見終われば次は映画。海の好きなものをかけてもらい、泉帆は押し入れから冬用の布団を出して床に座る。いつもなら適当に会話をしたりバラエティを見たりという時間なのだが、海は注意されてしまったからかあまり話しかけてこない。  いつまで家出するつもりだろう。学校の教材も入っているからきっと何日間はふらつくつもりだったのかもしれない。ベッドの上で寝転びながらアニメ映画を見始めた海に聞いてみる。 「海くん、何日くらい家出するつもりだった?」 「1週間くらいかなぁ。服は3日分しかないけど、足りなくなったら買えばいいしね」 「あんまり長いと、家族が心配しちゃうからね。本当は今すぐ俺が電話して説明しないといけないけど」 「お父さんにはもう1週間くらい友達のところに泊まるって言ってあるよ。大丈夫、中学の頃とかしょっちゅう外泊してたから怒られないよ」  過去していたからって、今もいいなんてそんな話はないだろう。でもまあ、自分できちんと連絡をしているのならまだいいか。直接連絡をしに行かないといけないとは思っているが、海自身が許しそうにない。  泉帆は、横になり天井を見上げた。 「帰りたくなるまでうちにいていいよ。光熱費とかは気にしないで好きに洗濯だってしてくれて構わないから」 「……ありがと」 「明日、仕事行く前に鍵も渡すよ。いつでも好きな時に来ていいから」 「ちゃんと、片付けはしといてよ?」 「以降気をつけます」  ただ食事を作ってもらうだけの、友人とも少し違った異質な関係。そんな相手に合鍵を渡すなんてと思われるかもしれない。  でも、海はいい子だから。信用に足る相手だ、その相手が弱っている時に逃げ込める場所になるのなら別に構わない。  横になっている泉帆にはベッドの上の様子は見えない。海が合鍵を渡されることで色々と妄想してしまい、耳まで赤くしてしまっていることになど、気付くはずもなかった。

ともだちにシェアしよう!