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EP.12

 声を押し殺し欲を発散させてから部屋に戻ると、泉帆はベッドに寝転がっていた。  流石に隣に入り込む勇気はない。綺麗にした器具を戻した鞄は部屋の隅に置いてから、ベッドの傍に座る。冬用の布団を被って寝てしまおうとしたのだが、背後から泉帆が止めてきた。 「床は硬いから、こっちで寝なさい」 「……やだ」 「何もしないから」  泉帆が何かするからじゃない。自分がまた我慢できなくなるから。  ぽんぽん、とベッドの上で寝るように誘われるが、それはしたくないと布団を被って横になった。  少し困ったような声が聞こえるも、無視を貫いて布団を頭まで被って無視を決め込む。泉帆の匂いでくらくらしてしまいそうだ。それでも決して泉帆の言う通り隣になんて寝ない。どちらにせよ眠れないが、一緒に寝るよりは大分落ち着いて身体を休められる。  やはり、何処かネットカフェにでも行くべきだった。防犯のことでも不安そうだったが、全ての店が危険なわけじゃない。オートロックの個室がある店だってあると聞いたし、そちらに泊まれば。  明日、泉帆との関係性がもし変わっていたらネットカフェに行こう。家にはまだ帰りたくない。  幾ら溺愛する妹でも、今回のことは許せなかった。だから喧嘩をしてしまった。あちらの頭が冷えるまでということもあるが、自分も今帰ってしまえばまた怒ってしまうかもしれないから帰らない。  小さい頃からずっと大事にしていたものを壊されてしまった。もう二度と手に入らない大切なもの。他のことはいいけれど、今回ばかりは駄目だった。 ****  翌朝、目が覚めると味噌汁のいい匂いがした。泉帆が身体を起こすと、海の声が聞こえる。 「くろちゃんおはよー。ご飯作ったからまず歯磨いておいで」 「おはよう。……海くん」 「なぁに。早く起きないと味噌汁冷めちゃうよ」  いつもと何も変わらない、いつもと同じ様子の海だ。昨夜のことはなかったことにしたいのかもしれない。なら、自分も触れないようにするべきか。  歯を磨き、長ネギを刻んでいる海の顔を離れたところから窺う。少し疲れているようだ。あんなことをしてしまえば当然か。  そういえば、海自身が同性愛者だとは聞いたことがなかった。男性からストーキングをされて怖がっていたから勝手に異性愛者だと思っていたが、ストーカーなんて性的指向に全く関係なく怖いものか。  歯磨きを終え、パジャマのままでいるのも何だからと着替える。ついいつもの癖で適当に脱ぎ散らかしそうになったが、海がいるのだとすぐに思い出しきちんと片付けた。  その間に海が朝食を並べてくれていた。卵焼きに鮭の塩焼き、なめこの味噌汁に納豆もあるという純和風の朝食。ただ納豆は泉帆の方にのみ置かれている。写真を撮りSNSに上げた海はコップに麦茶を注ぎながらその視線に笑いながら答えた。 「納豆苦手なんだよね。昔日本に来た時からずっと苦手で」 「海外にいたんだ?」 「言ってなかったっけ、おれのおじいちゃんがドイツの人なんだ。5歳の時にこっち来てそれから戻ってないけど、納豆だけはずっと食べられなくてさ」  いつか克服したいんだけど。そうは言いながらも食べたそうには見えない。国の違いによる食文化も難儀なものだ。納豆は味や食感だけでなく匂いや音すらも苦手な場合もある。だから今はやめておくよと冷蔵庫に戻した。  綺麗な金髪だと思っていたが、祖父がドイツ人なら地毛なのかもしれない。体格がいいのもそれが影響しているのだろうか。 「ハーフだったんだ?」 「ううん、クウォーター。ドイツ人なのは母方のおじいちゃんだけだから」 「へぇ、成程。髪の色もおじいさん譲り?」 「うん。遺伝なんだ」  目立つから黒にしたいと思った時期もあるが、ずっと染め続けるのも大変だからとやめた。頭髪検査でもよく怒られたから、日本では面倒臭い色だと海は零した。  外見のほぼ全てが祖父からの遺伝。母も同じ特徴を受け継いでいて、自分が父から遺伝したのは垂れ目くらい。  整った顔立ちも全て祖父譲りか。冗談めかしてそう言えば、海は誇らしそうにそうだよと笑っていた。

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