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EP.17

「これでよーし!」  海は朝早くから掃除と洗濯に小さな部屋の中を動き回っていた。  布団と枕のカバーを洗い、マットレスは洗えないからベランダに立てかける形で干してみる。物は動かさないようにしながら掃除機をかけ、埃ひとつ落ちていないように拭き掃除まで完璧。  昨夜、泉帆がいないからと適当に掲示板で相手を見つけて抱かれに行った。大して上手くもないし貧相で粗末なものだった。  泉帆に抱かれたい。けれど、泉帆とはこれ以上の関係にはなりたくないから。  好きになったって、どうせ別れることになる。男同士なんて子供もできなければ今の制度では結婚だってできない。泉帆の1番じゃなくなるのは絶対に嫌。だから、性格は悪いが中途半端に希望を持たせて自分以外を見れなくなるようにしたかった。  泉帆は良い人だから、自分とセフレ同然になっているのに他を見るなんてできなくなるに決まってる。だから、その性格を利用して。  もし他に誰かを好きになられたときに、必要以上にダメージを負わないように。  楽しくもなかったセックスは早々に切り上げて、帰ってきてから泉帆の匂いでいっぱいのベッドで玩具相手に盛ってしまった。汚してしまったから、証拠隠滅のために朝早くから掃除洗濯をしていたというわけだ。  そろそろ泉帆が帰って来る時間だ。弁当は昼と夜の2回分しか持たせていないから、きっと腹ぺこで帰って来るはず。海は鼻歌を歌いながら狭いキッチンで朝食の準備を始めた。  白米も炊け、だし巻き卵と味噌汁も作った。以前好評だった山芋のサラダも準備して、後は泉帆が帰って来るのを待つだけ。  それなのに、いつまで経っても泉帆は帰ってこない。心配になりメッセージを送っても返信が来なかった。  早く帰るよと言っていたのに、何故だろう。何か事件が起きたのだろうか。  結局泉帆が帰って来たのは昼近い時間だった。あまりにも帰ってこないからウトウトと船を漕いでいた海は、ガチャリと鍵が開く音で慌てて起きて玄関へ向かった。 「おかえりなさい、ご飯できてるよ」 「……うん、ただいま」 「どうかしたの?」  視線が合わない。何かあったのかと思うも理由が全く思いつかない。  とりあえず汗もかいているから先に風呂に誘導し、ついでに誘惑してみるも不発。キスだってしない。風呂に入ってしまった泉帆を見送り、海は首を傾げた。  あんなに甘えて、行きたくないまで言いながら出て行ったのに。  風呂から上がって、髪をタオルで拭いてあげても何処か距離は置いたまま。昼食になってしまったから少しおかずを増やして出しても、まだ視線は逸らされてしまう。 「くろちゃん、なんでおれのこと見てくれないの?」 「……昨日の夜は何処にいたの?」 「夜? んっとね、ちょっとおでかけしてすぐ帰って来たよ」 「誰と一緒だった?」  もしかして、見られた?  まさか、泉帆に遭遇しないように隣町のホテル街まで行ったのにそんなはず。  ただこの反応は、見られていたのかもしれない。名前も知らない男とホテルに行った時の現場を。 「おじさんとえっちしにホテル行ったの、見てたんだ?」 「あの人、海くんの知り合い?」 「違うよ。なんかねー、おっきな会社のえらい人なんだって。昨日初めて会ったんだけどあの人は外れかなー」 「……そう」 「お金もらってないから自由恋愛ってやつでしょ?」 「そう、だね」  援助すると言われても断ってきているし、金銭の類は全部受け取らないようにしている。ただホテル代を出してもらって、時々ホテルのスイーツを買ってもらっているだけ。  これくらいなら売春とも言い切れない。だから泉帆に止められる理由もない。 「おれが他の人に抱かれてるの、そんなに嫌なんだ?」 「……俺とは、しないんだろ」 「しないよぉ。くろちゃんの初めてはおれみたいに遊んでる男の子じゃなくて、くろちゃんのこと一途に想ってくれる女の子相手の方がいいもん絶対」  自分は泉帆のことしか想っていないけれど、泉帆とはしない。今以上の関係にもならない。  高校生の頃からずっと遊んできて、今更すっぱりとやめることなんてできないから。依存症にも近い状態になっていて、数えきれないほどの男達を咥え込んできた体は穢れているから。  そんな体をしていることを知られればすぐ1番じゃなくなってしまう。泉帆に嫌いになられたくないから秘密。  全部、泉帆には言わない。自分の過去だとか、依存症のことは泉帆には関係ない。  だから、泉帆と付き合わない理由は自分のSNSを守るためにして、セックスしない理由は泉帆に経験がないことにした。 「それで、あのおじさんに嫉妬しちゃったの?」 「……うん」  正直な返答に、可愛くて心臓が高鳴ってしまう。  好き。抱いてほしい。自分のことを愛してほしい。気持ちを全部抑え込み、海はただ泉帆を揶揄い笑った。

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