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EP.18

 まだ帰るつもりはないらしい。付き合ってもいないのに嫉妬をした自分に対して怒ると思っていたのだが、海は今日の夕飯は何がいいか聞いてきた。それに、明日の仕事のことも。  一緒にいてくれることが嬉しく、海がいてくれるのに寝てしまうのは勿体ない。帰ってきてもし海がいなかったら眠ってしまおうと思っていたのだがそれはやめ、ドラマを見ようとしていた海の隣に座った。 「大学は休み?」 「5限だけ行こうかなって思ってるから、3時過ぎたら出るよ」 「そっか。布団、干してくれたんだ。ありがと」 「……う、うん」 「?」  何故か海は照れているようだ。いつも感謝の言葉は伝えているから、その理由がわからない。  詮索はせず、肩を並べてドラマを見始める。今日も恋愛が題材の、少女漫画が原作のもの。邪魔はしないようにしながら、海に話しかけた。 「こういうの、好きなんだな」 「うん。くろちゃんは刑事ドラマとか好きそう」 「そうだなぁ。ドラマ自体あんまり見ないけど、見る時はそっち系が多いかも」 「あはは、やっぱりだぁ」  とん、と肩に程よい重さ。視線だけを動かし見てみると、海は画面から目を離さないまま頭を肩に乗せ寄りかかってきていた。 「くろちゃん、今日はお話したい感じ?」 「まあ、うん。……君のこと、何にも知らないなって」 「何が知りたいの? 知りたいことがあるなら、なんでも教えてあげる」  自分よりも背が高い海の上目遣いは何度見ても愛らしい。泉帆は手を伸ばし、海の頬を撫でた。  知りたいことはいくつもある。海のことなら、何だって知りたい。でも何から聞けばいいのかわからずに、泉帆はまるでお見合いのような問いかけをしてしまった。 「す、好きな食べ物とか」 「パンケーキとモンブランと、あとザッハトルテ」 「好きな、動物とか」 「馬が好き。今はもう体おっきいから無理だけど、昔は乗馬もできたんだよ」 「へぇ、すごいな」 「でしょー。くろちゃん、そんなこと聞きたくてずっとそわそわしてたの?」  そんなわけではない。泉帆は何度も首を振り、どうしようか迷った末にひとつ聞いてみることにした。 「あの、……これまで、付き合った人のこととか」 「やっぱりー。んっとねぇ、付き合ったのは1人だけかな。えっちするのはもっとたくさんいるけど。その人について聞きたいの?」 「いや、そういうわけじゃないけど」 「おれが誰かとえっちしてるとこ、想像しちゃった?」 「……違うよ」  しないはずがない。昨日の夜から、ずっと考えてしまっていた。自分ではない誰かに抱かれ、この綺麗な顔を誰かから注がれる愛で蕩けさせるのかと脳裏にこびりついて離れなくなっていた。あの初老の男性に、抱かれる姿を想像してしまった。  海はにやりと笑う。 「えっちな想像して嫉妬してたんだぁ、可愛い。でもおれ、そういう重いの嫌なんだよね。もう誰とも付き合いたくないからくろちゃんが嫉妬しても時間の無駄でしかないよ」 「だから、違うって」 「まあ、そういうことにしておいてあげようじゃないか。ふふ、ほんとくろちゃん可愛いね」  9歳も年下の男の子に翻弄され、泉帆はぎこちなく視線を逸らす。  海はこれ以上聞くことはなさそうだからとドラマに視線を戻し、数年前にブレイクしていた俳優を見た。 「この人もSNS出身だったんだって。おれも時々スカウトメッセ来るんだ」 「……そうなんだ」 「ふふ、引きずっちゃってる。おれが他の人としてるの考えちゃうって、くろちゃん寝取られ趣味あるの?」 「な、ないとは、思う」 「まああってもくろちゃんとおれはお付き合いしてないから関係ないけどねー」  何度も、海は確かめるように付き合わないことを言葉にし続けた。  その度に何故、どうしてと思ってしまうが海は有名人だからと無理やり考える。  だが少しだけ気になることがある。泉帆は寄りかかってくる心地よい重さを受け入れたまま、俯きもう一度質問をした。 「どうして、1番は1番じゃなくなるって思うの?」 「前もそうだったから。おれね、くろちゃんよりもずっと優しかった、おれのあこがれで大好きだった人に裏切られたの。だから誰も1番にはしないし、おれも誰かの1番にはならないんだ」 「……裏切られた、って」 「その人ね、おれがその時は小さくて可愛くて、女の子みたいだから1番好きだったんだって。本当は女の子がよかったの。でも女の子相手じゃ妊娠しちゃうから、おれを代わりにしたんだ。おれが大きくなっていらなくなっても、言うこと聞いてえっちできるからってずーっと。それ、その人が結婚するその当日まで全然知らなかったんだよね。知ったの、招待されてたことも知らなかった結婚式の会場でだった」  何でも答えると言ったから、全てを。  海の告白に、泉帆は海を傷つけられたことからか、それとも正義感からかはわからないが怒りが湧き上がる。 「そんな、あんまりじゃないか。海くんの好意を利用するだけなんて酷すぎる。俺はそんなこと」 「しないってわかってるよ。くろちゃんは嘘吐けないから。でも1番になるのは嫌。思い出しちゃうから辛いの。だからおれのことはくろちゃんの中で3番目くらいにしてね。おれも、そのくらいなんだって思えたら気が楽だから」 「……でも、俺は」 「今1番がおれだとしても、他に好きな人ができないなんてわかんないじゃん。……おれ、それも耐えられないから。好きな人はずっと好きなままだから、おれ以外を好きになるのは嫌なの」  それは、まだその人のことを好きだということなんじゃないか。  そんなに傷つけられてもなお、忘れられないということなんじゃ。  自分を好きでいてくれることは知っている。ちゃんと言葉にして伝えてもくれている。海の中で自分の比重が多くなっていてもなお、そんな最低野郎のことすら忘れられないほど純真。  それなのに傷つけられた所為で、1番になることを拒み不特定多数の男に抱かれる日々を送るなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか。  泉帆は、堪らず海を抱き締めた。

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