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狼が兎に恋する時③【兎視点】

   今日は、晴れ晴れしい卒業式におあつらえ向きの晴天だ。  暖かな風には、たくさんの花の香りが含まれていて、意味もなく胸がソワソワする。  校庭の梅の花は満開に咲き乱れて、桜の花の蕾が、今すぐにでも咲きたいって出番を待ち構えているようだ。  卒業生達はなかなか解散せずに、校庭で写真を撮ったり、最後の話に花を咲かせている。  そんな俺だって、寛太(かんた)莉久(りく)真大(まひろ)怜央(れお)と意味もなく校舎内をフラフラしていた。  正直、思い出の詰まったこの学び舎を去る事は、寂しくて仕方ない。  入学当時はブカブカだったブレザーが、今は小さいくらいだし、あんなに広く感じた校舎が凄く狭く感じる。  俺達は、この3年間で確実に大人へと成長していた。 「でも、結局俺の発情期(ひーと)は来なかったなぁ」  体は成長したけど、Ωとしては成熟することはできずに、とっくに訪れていいはずの発情期(ヒート)が来る気配もない。  発情期(ヒート)が来なければ、(つがい)もできないし、子供を身篭る事だって不可能だ。 「いや、そもそも、こんな何の取り柄もないΩに発情期なんて邪魔くさいだけか」  そう呟いた瞬間、大きく開いた窓から強い風が吹き込んで、俺の色素の薄い髪を揺らした。  あ、取り柄……ひとつ位あるかも。良く俺は、見た目を「可愛い」と誉められる。童顔だから、実年齢より幼く見えた。  それが、俺のたったひとつの取り柄かも知れない。 「お前、歌下手じゃね?」  怜央が卒業式では定番の歌を歌えば、莉久と真大がケラケラ笑いながら突っ込みを入れている。  あぁ、もうこんな光景を見ることもないのか……そう思えば、俺は一気に悲しくなった。  莉久に真大、怜央とこうやって、毎日会うことはなくなる。  それに、寛太とも……。  俺にしてみたら、寛太の傍にいられることが幸せでもあったけど、苦しくもあった。  『好き』っていう思いを伝えずに、その人の傍にいることが、こんなに辛い事だとは思ってもなかったなぁ。 「なあ、(わたる)。話があるんだけど」 「え?」 「ちょっといいかな?」  寛太の異様な雰囲気に、その場に変な空気が流れた。 「俺だけに?」 「うん。お前だけに」 「あ、そうなんだ」 「ごめん、みんな。先に行ってて」  不思議そうな顔をする仲間を残して、俺は寛太に引きずられるように、その場から連れ去られてしまう。  でもさ、こっからが神様が哀れな兎に起こしてくれたサプライズなんだけど……。  元々ヘタレな兎が、そのサプライズを上手く生かせる訳がないんだよ。  普段、あまり使われてない生徒会室に連れ込まれて、俺は寛太の目の前にある椅子に座らされた。 「な、なんだよ、寛太!」  いつもみたいに、ふざけながらその肩を叩けば、普段はあまり見せることなんてない真面目な視線に、意図も簡単に捕まってしまった。  トクントクン……。  心臓が甘く高鳴って、顔が火照って仕方ない。  こんなんじゃ、せっかく隠してきた寛太への思いがバレちゃうだろう……。  俺は、ギュッと目を瞑って唇を噛み締めた。  目の前にいる、寛太が少しだけ怖く感じたから。  その瞬間、この時を待っていたかのように桜が咲き乱れ、春風に乗って生徒会室の中に、桜の花弁が飛び込んできた。 「綺麗……」  花弁を無意識に目で追いかけた俺は、突然寛太に抱き締められて、思わず目を見開いた。

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