5 / 93

狼が兎に恋する時④【兎視点】

 桜の花弁がヒラヒラと揺れて、穏やかな日差しに思わず目を細めた。  寛太(かんた)の腕の中に捕らえられてしまった俺は、どうしたらいいのかわからず、フリーズしてしまう。  今日朝起きて、卒業式に出席して……今までの中で、どこをどう間違えば寛太に抱き締められるシチュエーションがやってくるのだろうか。 「駄目だ、わかんねぇ……」  顔を真っ赤にしながら呟いた瞬間、少しだけ寛太から体が離される。  頭の中が真っ白で、心臓だけがトクトクと甘く拍動を打つ。  そんな中、目の前で寛太が笑った。 まるで暖かな春の木漏れ日のように……。  真っ黒な髪は綺麗に整えられ、日差しを受けて艶やかに輝いていた。  切れ長で、意思の強そうな瞳に、ふっくらと柔らかそうな唇。  凄くイケメンって訳ではないのに、人を惹きつける何かを持っている寛太は、性別問わず誰からも好かれた。  俺よりも、10cm以上高い身長が羨ましい。  そんな寛太が……俺は、ずっとずっと好きだった……。 「なぁ、(わたる)……」 「え?」 「俺は、航がずっと好きだった」 「……え?……いま、なんて……?」  胸に突き刺さる、愛の告白。 涙が出るくらい嬉しいはずなのに……なのに。  俺の中の悲しいΩが、その告白を真正面から受け止めようとしてくれないんだ。  俺にまともな恋愛ができるわけないだろう……。 だって俺は下等なΩだ。 「な、何、冗談言ってんだよ?」 「冗談でこんな事言うかよ。俺は、本気だ」  その真っ直ぐな眼差しを見れば、それが本気だって言う事が痛い位伝わってきた。  でもそれと同時に、寛太から高貴なαの匂いが漂ってくるのも感じる。  気高き、狼のような魂を……。  俺は18歳になったにも関わらず、発情(ヒート)を体験したことはない。けど、俺が最も恐れている発情期は必ずやってくるだろう。 発情期を迎えたΩは、その性欲の強さから普通の生活すらままならない。  定職に付くことさえ難しく、Ωができる仕事と言ったら、自分の体を売る事くらいなのだ。  それゆえ、社会的に下等と位置付けられてしまった。 けど仕方ないな、って思う。だって運命には逆らえない。 俺は……俺は、Ωだ。  それに、俺には見える。  寛太は将来、お前と同じ優秀なαの番と結婚して、その才能を受け継いだ子供達に恵まれるんだ。  いいなぁ。絵に描いたような幸せな家庭だ。  寛太には、きっと輝かしい未来が待ってる。  だから、だからさ……。 「ごめんね。俺はお前のことを恋愛対象には見られないよ」 「そ、そっか……そうだよな。ごめん!」  俺の目の前で、手を合わせて頭を下げる寛太を見て、涙が零れそうになったから、それを必死に我慢した。 「今のは忘れてくれ」  寛太は子供みたいに微笑んだけど、その瞳に涙が一杯たまっていたのを、俺は見て見ぬフリをした。 「じゃあね、寛太……」 俺の大好きな人。 でもね、こんな俺にも夢があるんだ。 それは、大好きな人に俺の初めてをあげること。そしてその人と(つがい)になること。 その人の子供を身籠れたら、本当に素敵だね。 こんなの、本当にバカらしい夢物語かもしれないけど……俺は信じてるんだ。 だって何かに縋っていなければ、Ωとしての運命を抱えて、生きてなんかいけないから。 だから寛太は、俺なんかのことは忘れて、立派なαとしての幸せを掴んでほしいんだ。 大好きだからこそ『さよなら』しなきゃいけない。  俺なんかを好きになってくれてありがとう。  大好きだったよ……。 「バイバイ、寛太!」  俺は精一杯の笑顔で、少しずつ離れて行く寛太に手を振った。

ともだちにシェアしよう!