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狼が兎に恋する時⑦【兎視点】

 月日は流れて、俺と寛太(かんた)は再会を果たすこととなる。 親の転勤と銘打って上手に東京から離れたのに……物理的には寛太から離れられても、心までは離れることはできなかった。  俺は、寛太に会いたい思いを消し去る事はできない。  そう思い知らされた。 「たった4カ月か……」  我ながら情けないと思う。最低でも、3年は一人で頑張ってみようと思ってたのに。  俺は、夏休みに入って早々、元々住んでいた東京に足を運んだ。 しかも今日は、寛太の誕生日だ。 会ってはいけないとわかっているのに、寛太に会いたいという本音が心の奥底で渦巻いている。その渦は、めちゃくちゃ強力で、一度近付いてしまったら物凄い勢いで吸い込まれて行って、2度と出てくることはできない……。  それくらい、寛太に会いたいという思いは、強い物に感じていた。  その感情は、汚ない欲望にも思えたし、純粋な恋情にも思える。  それでも……。  俺は、ただ、ただ寛太に会いたかった。 「少し顔を見たら、すぐに帰ろう。誕生日おめでとう、って言うだけだ」  自分の中で決めた、ルールを何度も何度も復唱する。  寛太の家には上がらない、すぐに東京駅に向かって帰りの新幹線の切符を買う、そしたら、もう当分東京には戻ってこない。  ほんの少し顔を見るだけだ。  少しだけ震える指先で、寛太の家のインターフォンを押す。  どうしよう、凄く怖い。  ずっと一緒にいた友人に会うだけなのに……。  めちゃくちゃ怖い……!  カチャッとゆっくり扉が開いた瞬間、体中の汗がスッと引いて、つい先程まで煩くて仕方なかった蝉の鳴き声が一瞬で消え去る。  代わりに、ドクンドクンという自分の心臓の音が、やかましい程に鼓膜を震わせた。 「(わたる)」 聞きなれた声で名前を呼ばれたから、俺は恐る恐る顔を上げた。するとそこには、ずっとずっと恋焦がれた男の姿が……。 「寛太……」 切なくも甘い感情が心を支配していった。 俺の顔を見た瞬間、寛太の瞳から大粒の涙がこぼれる。焦って手の平で涙を拭うんだけど、その涙は次から次へと寛太の頬を伝った。 「泣くつもりなんかなかったのに……ごめん。あははは、マジでかっこ悪ぃ……」  そのまま溢れる涙を隠そうともせず、実にこいつらしく笑う。  全然変わってない……。  そんな寛太の姿に、胸が熱くなった。 「ずっとずっと、バカみたいに航に会いたかった」  あぁ、そうなんだ。やっぱり俺は……。  その笑顔を目の当たりにして、やっぱり自分はどうしても、どんなに離れていてもこいつのことが好きなんだ……と痛感した瞬間。  きっと、どんな悪足掻きも通用しない。 「たった4カ月位離れてただけなのに、もう航に会えないんじゃないかって。そう思ったら、めちゃくちゃ怖かった」 「寛太……そんなに俺のことを……」 「馬鹿が。俺はお前のことが好きだって言っただろう」 バクンバクン……!!!!!! 「……え……?」  その瞬間、突然、 心臓が口から飛び出しそうなくらい激しく脈打ち、呼吸ができなくなる。  酸素が、酸素が吸えない…。 「会いたかった」  そっと抱き締められた瞬間、目の前で火花が散る。  全身の血が煮えたぎり、熱くて熱くて仕方ない。毛穴という毛穴から汗が吹き出した。  体の中で暴れ狂う化け物が、体を突き破って飛び出してくるのではないか……そんな恐怖に襲われる。 「ハァッッハァァ…グゥ……!」  自分の体さえ支えていることがですぎに、俺はその場に崩れ落ちた。  薄れ行く意識の中で感じる、この現象の正体。  眉を顰めるほどの甘ったるい匂いが、俺の体中から溢れ出すのを感じて……俺はその現状に心の底から失望する。  俺が、最も恐れていた現実がついに訪れたのだ。 発情(ヒート) ……。 「なんで今なんだよ……」  俺の、子供みたいに大きな瞳から、ボロボロと涙が溢れ出した。

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