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狼が兎に恋する時⑩【兎視点】
「はぁはぁ……」
俺と寛太 の荒い呼吸だけが、静かな室内に響き渡った。
触れ合う胸から、相手のバクンバクンと爆弾みたいな心拍が聞こえてくる。
明らかに、お互いがお互いに欲情していた。
「航 ……!航……!」
背骨が折れるんじゃないかって位、激しく抱き締められた。
寛太の体がガクガクと震え、俺の洋服を力一杯握りしめている。爪をたてているせいで、皮膚に爪が食い込んでめちゃくちゃ痛い。
食い縛る歯はガチガチと音をたて、唇からは血がしたたっている。
ギュッと目を固く閉じる姿は、必死に何かに耐えているように見えた。
「……寛太?なぁ、寛太?」
不安になりその体を自分から引き離せば、苦しそうに顔を歪める寛太がいた。
額から滝のように流れ出る玉の汗が、俺の顔の上に落ちてくる。
「航、今、俺はメチャクチャお前を抱きたい。でも俺はαとしてじゃなくて、生駒寛太 としてお前を抱きたいんだ」
寛太が俺を見つめながら、苦しそうに、でも必死に笑いかけてくれる。
そんな姿に、俺の胸はギュッと締め付けられた。
「Ωとしてお前を抱くんじゃなくて、航を……大好きな航を抱きたい……」
その言葉に、心が震えた。
だって、あまりにも嬉しくて。
「だから、ハァハァ……お前もどうにか、ヒートをコントロールしてくれ。俺も頑張るから」
「寛太……はぁ、ん、はぁ……」
「頑張れ、航」
俺達は強く強く抱き合って、この発情 の波が去るのを、ただただ待った。
少しでも気を抜けば、お互いが相手を襲ってしまいそうになる感情を、必死に圧し殺す。
Ωである俺の首に噛み付きたいのか、時々寛太が首に舌を這わせるけど、噛み付きはしない。
必死に噛み付きたい衝動に耐えてくれているのがわかる。
それが、たまらなく嬉しかった。
しばらく耐えれば、自分の体からフェロモンの匂いが消えていくのを感じた。
薬が効いてきたのかもしれない。
「よかった……」
心の底から安堵して、少しずつ冷静さを取り戻す。このフェロモンの匂いさえ消えてしまえば、寛太のヒートも治まるはずだ。
「寛太……もう大丈夫だよ」
気が付けばお互い汗びっしょりかいているにも関わらず、必死に抱き合っていた。
腕を回されていた肩は、寛太が爪をたてていたせいでヒリヒリと痛く、血が滲み出ている感覚がする。
俺の声にハッと我に返り顔を上げた寛太が、俺の無事を確認した後、安心したように大きく溜め息をついた。
「良く頑張ったな……航……」
泣きそうな顔をしながらも優しく笑ってくれたから、俺まで泣きたくなった。
「……寛太!」
思わず抱きついてしまえば、「よしよし」なんて頭を撫でてくれる。
そんな子供みたいに扱われることが、心地よくて仕方ない。
「なぁ、航……一度はフラれたけど、俺はやっぱりお前が好きだ」
そう照れくさそうにはにかんだ後、寛太の唇と、俺の唇が優しく重なった。
あ、キスってこんなに柔らかいんだ、って一瞬で胸が熱くなる。
ずっとずっと、自問自答を繰り返してきた。
俺は寛太に、自分の思いを伝えてもいいのだろうか?
俺もずっとお前が好きだったって。
Ωのような下等な生き物が、こんな立派なαに愛されてもいいのだろうか。
だってお前は、お前みたいな立派なαと結婚して、お前に似た可愛らしいαの子孫に恵まれて……。
それから、それから……。
「ねぇ、寛太……」
寛太の頬をそっと撫でれば、その手を優しく握り締めてくれた。
「どうした?」
優しい優しい寛太。
ごめんね。やっぱり俺は、寛太の事が大好きだ。
例え、お前の将来が少しだけズレてしまったとしても。
俺に、お前の人生さえも背負う覚悟があるのだとすれば、どうにかなるだろうか。
こんなちっぽけなΩでも、こんなに立派なαを幸せにできるんじゃないか……って思うんだ。
可笑しいかな?
俺、幸せ過ぎて、馬鹿になっちゃったんだろうか?
そんなの、どうでもいい。
だって、もうこの思いは止められないから。
「俺ね……ずっと寛太のことが……」
大好きだったよ。
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