16 / 93
儚き兎の夢①【兎視点】
ある日兎は夢を見た。
兎が見る夢なんて、本当にちっぽけでつまらないものかもしれないけど。
兎からしたらそれは大切な大切な、でもとても儚い夢だった。
兎は祈った。
どうか、あの優しい狼とずっとずっと一緒にいられますように……と。
◇◆◇◆◇◆
寛太 と恋人同士になって、もうすぐ1年になる。
初めてのヒート以来、あまりの恐怖から定期的にヒートを抑制する働きをもつ薬を飲むようになった。
女の人が飲むピルみたいなもので、ヒート自体は抑えてくれるものの副作用も半端なかった。
常に体がダルくて、眠たい。
それでも、ヒートが度々起きていては普段の生活もままならないから、俺は薬を飲み続けている。
あの、自分の意志ではコントロールできない欲情が、自分自身怖くて仕方なかった。
「航 、東京に戻ってこいよ。そしたら、お前は俺が守るから」
心配した寛太からの提案で、俺は関西を離れ、慣れ親しんだ東京へと戻ってきていた。
関西にある大学から、関東にあるの分校に転入し、寛太が1人暮らししているアパートに身を寄せている。
そこで寛太のサポートを受けながら、何とか体を誤魔化しながらも、大学生活を送っていた。
本当は大学卒業まで関西にいようと思っていたのに、寛太の猛プッシュに負けて東京へと戻ってきた俺は、何となく丸め込まれてしまった感は正直あるけど……今ではすっかり、恋人が板についた寛太に溺愛されている。
それが、俺は凄く幸せだった。
何よりも……。
「航、大丈夫?体ダルくないか?」
いつも俺を気遣ってくれる、優しい寛太の存在が、本当に心の支えとなってくれていた。
Ωがヒートの時に自然に発してしまうフェロモンは、所構わず更にはαだけに留まらず、時にはβさえも刺激し性的な衝動を誘発してしまう。
それに伴う、Ωの悲惨なレイプ事件は後を絶たない。正気を失ったαに無理矢理首を噛まれ、番になってしまうケースもある。
確かに苦しいヒートを回避したいという思いもあるけど、何より寛太以外の人間に体を触られるのが嫌だった。
レイプなんて想像もしたくない。
「大丈夫だよ、ありがとう」
甘ったるい声を出せば、たまに遊びに来る真大 や玲央 がニヤニヤと目を細める。
「相変わらずラブラブですね」
って。
からかわれて恥ずかしいけど、それ以上に、みんなからこの関係を祝福されてるみたいで嬉しかった。
くすぐったくて、めちゃくちゃ幸せで、みんながいるにも関わらず俺は寛太に抱きついた。
「珍しく甘えん坊だな」
寛太が幸せそうに笑ったから、こんな穏やかな時間がずっとずっと続くといいな……って思う。
ただ、幸せ惚けしていた俺と寛太は、その後、強く後悔することとなる。
その時、莉久だけが、とても寂しそうに、でも精一杯作り笑いしていたことに……俺達は、気付いてあげることができなかった。
ともだちにシェアしよう!