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狼の涙が枯れた時③【狼視点】

 しばらくしたら、莉久(りく)が俺の家にやってきた。  こういう事態になってしまった、強い強い責任を感じているんだろう。莉久の顔は憔悴しきっていた。  莉久を見た瞬間、(わたる)が嬉しそうに微笑み抱きついた。  そんな航を抱き締める莉久も、何だか幸せそうで……もしかしたら、ずっと前から莉久は航のことが好きだったのかな?って頭の片隅で思った。 「大丈夫か?航……」  優しく囁く莉久に、 「莉久、苦しい……助けて……抱いて、抱いて……」  涙を流しながら莉久にしがみつく航を見て、俺の目からも涙が溢れた。  仕方ない、仕方ないんだよ。  今の航を救う方法はこれしかないんだから。だって、俺は航の番じゃない。  莉久に航を託すことが、愛する恋人の為に自分がしてあげられる唯一のこと。精一杯の愛情なんだ、って何度も何度も自分に言い聞かせて、無理矢理納得させた。   握り締めた拳に、更に力を込めて笑顔を作る。絶対上手になんか笑えてない。 「莉久……今晩だけでも航を預かってくんねぇか?」  莉久が航の元を去れば、また必ずヒートが航を襲うだろう。  俺はもう、あんなに苦しそうなこいつを見たくなんかない。 「寛太(かんた)はそれでいいのか?」  莉久が悲しそうに、そして何よりも罪悪感に押し潰そうな顔で俺を見つめた。 「仕方ないじゃん。航の為だもん」  強がって、精一杯笑って見せた。  本当は頭ではわかってるけど、全然心が追い付いてない。  航を莉久になんか渡したくない。  だって、俺がこいつを守るって誓ったんだから。 『ただ、できれば航を抱かないで欲しい』  そう言いかけて、その言葉を飲み込んだ。  そんなの俺が口を出すべきことじゃない。番同士である2人で決めることだ。 「莉久……航をよろしくな」  航がいなくなった部屋は、嘘みたいに静まり返ってしまった。 「本当にこれが正しかったんかな……」  ポツリと呟く。  キッチンに戻れば、散乱した食器の破片が目に入り泣きなくなった。 「今の俺の心みたいじゃん」  また涙が溢れた。何でこんなに涙ばっか出るんだよって、可笑しくなってくる。  本当に自分が滑稽に思えた。  コンロの上にはまだ湯気をたてている豚汁が残されていた。  もう夏だというのに、急に食べたくなって昨日「食べたい、食べたい!」と駄々をこねた。そしたら「本当に子供だね」って困ったように笑ってた。  俺の為に作ってくれたんだな……。  体の力が抜けて、その場に崩れ落ちた。  割れた食器の破片が全身に突き刺さり痛いんだけど、心はもっともっと痛かった。  鋭いナイフでえぐられたかのように、ズキズキと痛んだ。 「航……航……」  どんなに名前を呼んでも、どんなに泣いても、あいつはもう俺の傍にはいないんだ。  狼の涙が枯れた時…一体俺達には何が待ち構えているのだろうか。  全く見えない未来に絶望し、ただただ、途方に暮れた。

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