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狼と兎が流れ星に祈る時②【狼視点】

 束の間の休息のあと、再び訪れる発情(ヒート)。 「寛太(かんた)……ねぇ、寛太……」 「ん?大丈夫。ここにいるよ」  果てしない苦しみ中で、俺の存在を求めて必死にすがりついてくる(わたる)が愛しい。  でも絶対に辛いとか、苦しいとか言わない。  こんなんになってまで、こいつは馬鹿だから俺に心配かけまいとする。  果たして、何回目の朝だろうか……。  俺達はこんなに辛い思いをしてるのに、世の中はいつも通りに動き出す。  大学の単位、大丈夫かな……頭の片隅で考える。  疲れたな……。  よくよく考えたら、ろくに飯も食っていないし、寝てもいない。 「風呂、入りてぇなぁ」  ボソッと呟いた。  ようやく発情(ヒート)の波を超え、微睡む航。  その姿に愛しさが込み上げてきて、胸の中からどんどん溢れてきて、でも言葉にならなくて……自分では対処できなくて涙となって溢れ出た。  俺の為に、こんな思いをしてくれる航。  「ありがとう」しか言えない自分が情けなくなる。  月が空に浮かんでる。  また、長い長い夜がきた。  夜は何となく不安が高まる。  多分、それが人間の本能なんだろう。  そして、確かに感じること。  航の発情(ヒート)が徐々に強くなってきている。 「うぅ……んあ……ッ……ぐっあ!!!!」  低く唸り、固く目を閉じたまま蹲る。  時々、布団の上をのたうち回り全身で呼吸をしているように見えるのに、すごく苦しそうで。  毛穴という毛穴から汗が吹き出して、目からは大粒の涙が溢れた。 「航、航……」  抱き締めて、優しく優しく髪を撫でた。 「航、少し休みな……」  ふと、頭の中で母親の声がする。  小さい時によく歌ってくれた子守唄。  航の背中を優しく叩きながら、その子守唄を歌ってやる。 「航も寝な?いい子だから」  まるで乳飲み子をあやすように子守唄を歌った。航が眠りにつくまで、繰り返し歌った。 「寛太、寛太!」  頭の上から聞き慣れた声がしたから目を開ける。  何だよ……まだ眠たいのに。 「寛太、大丈夫か?」  心配そうに俺の顔を覗き込む、莉久の姿が目に入る。 「莉久~、風呂入りてぇ」  呑気な俺の言葉にビックリしたような顔をしたけど、 「入ってこいよ」  って呆れたように笑ってた。  久しぶりの風呂に満足し寝室に戻れば、莉久が愛しそうに航の頬を撫でていた。 「今ようやく発情(ヒート)が終わって寝たとこ」 「そっか」  消え入りそうな声で呟いた莉久の隣に座り込む。 「でもさ、本当にお前ら頑張ってるよ。愛の力ってやつか?」  意地悪く笑った。  その後、切なそうに航の顔を見つめながら、 「本当はさ、根を上げて俺に泣きついてくるのを期待してた。そしたら、『仕方ねぇな』ってお前から航をかっさらえるじゃん?」  バツが悪そうにはにかむ。 「それを期待して様子を見に来たら……全然そんな雰囲気じゃなかった」  悲しそうに俺のほうを向いたから、何て言葉を返したらいいか戸惑ってしまった。 「馬鹿みたいに愛し合ってんだな、お前ら……」  莉久が勢いよく立ち上がる。「さて、帰るか」って大きく伸びをしながら。 「航もお前も、本当にすげぇよ」  泣きそうな顔で無理して笑う莉久を見て、ズキンズキンと心が痛んだ。 「なんかあったら呼んでくれ」  そう言い残して、莉久は帰って行った。

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