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狼の静かなる葛藤①【狼視点】

 俺、生駒寛太(いこまかんた)24歳。  パパになりました。  最近、(わたる)の寝顔しか見てない気がする。 元々良く寝る子なんだけど、妊娠してからというもの、更に輪を掛けて良く寝るようになった。 眠くて仕方ないらしい。 起きてる時は起きてる時で、ずっと調子が悪そうだから、寝てるほうがいいのかもしれないって思う。 俺はΩじゃないから、妊娠したときのことなんて全然想像つかないけど……めちゃくちゃしんどそうだ。  あの我慢強い航がこんなになっちゃうんだから、俺には耐えられないかもしれない。  いつも航がしてくれてた家事を、俺がするようになった。  やってみたら想像以上に大変で、今まで当たり前のようにしてくれてた航の存在が、本当にありがたかったんだなって思えた。  一生懸命勉強して合格した大学院も、悩んだ末に休学した。  俺が、彼の夢を奪ってしまった気がして、何だか心が痛んだ。  自分がもっと気を付けてたら……って、どうしても思ってしまう。  スーパーに買い物に行った帰り道、航の様子を見に来てくれた、真広(まひろ)玲央(れお)に呼び止められる。 「これ、航に渡してくれないか?」  真広が手渡してきた袋には、航が大好きなたくさんのチョコレート。 「あっ、サンキュー」  最近の寛太の主食は、もっぱらチョコレートだ。  悪阻(つわり)がひどい時でも、何とかチョコレートだけは食べている。  正に、チョコレートに生かされてる状態だ。 「あとこれも」  玲央に渡されたものは、たくさんの果物だった。 「航、果物大好きだから、これなら食べれんじゃないかと思ってさ」 「ごめんな、気を使わせちまって」  すまなそうな顔をする俺を見て、二人は笑った。 「航を大切にしてあげてね」  そう言ってくれる友人は、本当にありがたいな、って思う。  けど何日か前に、リンゴを剥いてやろうとしたところ包丁で指を切ってしまい、もう二度と果物の皮は剥くなって、航に怒られたのを思い出して苦笑いしてしまう。 「さぁて、愛しいダーリンがもうすぐ帰るぞ!」  おそらく可愛い寝顔で眠ってるだろう航を思い、家路を急いだ。 「ただいま」  結構デカイ声を出したのに、「おかえり」っていう航の声はおろか、室内は静まり返っている。 「航?航ぅ?」  リビングにも寝室にも姿はなく、もしや……とトイレを覗いてみると、 「航~!?」  便座を机にし、スヤスヤと眠っていた。  気持ち悪くてずっとトイレにいたら、眠くなっちゃったのか……。  あまりにも航らしい行動に、愛しさが込み上げてくるのと同時に、そんなにも苦しい悪阻と一生懸命戦っているこいつはすげぇな……って改めて尊敬してしまう。 「航、航。布団戻ろ?」  軽く体を揺らすと、 「あっ、寛太おかえりなさい」  って、ふにゃりと笑った。  はいはい、ただいま。それより布団行こうな。  いくらか気分がいいからって、リビングのソファーで真広からもらったチョコレートを食べ始める。 その嬉しそうな顔を見てると、俺まで嬉しくなってくる。 「うまいか?」 「うまぁい!」  ニコニコしてる航は本当に可愛い。  抱き締めようと手を伸ばしてみたけど、頭を撫でるだけで、そっと手を引っ込める。  うっかりこいつに触れば『したく』なっちゃう。  航の妊娠がわかってから、全然そういったことはしてないから……。  多分、航自身は体が大変な時期だから、そんなこと考えてる余裕なんかないと思う。  飯すらろくに食えてない今、性欲なんか湧いてくるはずがない。  この前、二回目の診察について行ったら、前より形がはっきりしていた豆太郎。あれが自分達の子供かと思うと可愛くて仕方がない。  航なんか、すっかり親の顔をして、愛しそうに画面に映る我が子を見つめていた。  そこに感じた若干のギャップ。  多分、新米パパあるあるだと思う。 『なんで、俺の航を盗ったんだよ。新人のくせに……』  少しだけ、豆太郎(まめたろう)に嫉妬してしまう。  勿論我が子だから、可愛い。可愛くて仕方ないけど。  航の全てを独占している豆太郎が、羨ましくて仕方なかった。  こんなガキみたいな自分が、本当に情けなかった。  半径50cm以内には航に近付かない。 俺が腕を伸ばして届く距離。  ネットとかで調べたら、安定期まで夜の営みは控えるように書いてあった。してもいいんだけど、悪阻中は我慢しなさい。 抱き合う等のスキンシップを図ることで、心と心の繋がりを大切にしろ、と。 馬鹿かよ。 余計ムラムラして襲っちまうわ。  そんな大人の対応ができない俺は、『触らぬ神に祟りなし』と、航に近付かないよう気を使って生活していた。

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