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第111話

「今日彼女と一緒にいてやれない代わりに、今はそっちのマフラーしておいてやれよ、それ彼女からのクリスマスプレゼントなんだろ」  一生のコートのポケットからはみ出したマフラーに旭葵は視線をやった。 「嫌だ、こっちがいい。旭葵のお婆さんは俺のお婆さんみたいなもんなんだ。鈴には悪いけど、俺は鈴より旭葵の方が大事だ」  喉の奥が震えた。  間違うな、旭葵。一生は、彼女より旭葵のお婆さんの方が今は大事だと言ったのだ。  旭葵は精一杯なんでもないふりをする。  それにしても今晩はいつも以上に部屋が温まるのが遅い。相当外が冷え込んでいるのだろう。 「なんか腹空かないか? 旭葵も夕飯まだだろう?」  一生と2人で家にあったカップ麺を食べた。  湯気が立ち上る麺を啜る一生を旭葵は盗み見た。  一生と毎年2人で過ごしてきたイヴだったが、1度夕食をいろんな種類のカップ麺にしたことがあった。子どものやりたがりそうなことだ。一生は7個完食し、旭葵は5個でギブアップした。  あの時の7個までとはいかないが、今日も2個目のカップ麺を楽々と完食する一生は、本当に今晩、飛んで旭葵のところに来てくれたのだ。  きっと激カワちゃんとクリスマスディナーをする予定があったはずだ。こんなカップ麺なんかじゃなくて、激カワちゃんの手料理が待っていたかも知れない。ディナーの後はケーキを食べて、そしてその後は……。  まるで旭葵の想像を無理やり終了させるかのように、部屋の明かりがふっと消えた。 「停電か?」  窓から外を見ると、近所は真っ暗だが少し離れた家からは明かりが漏れているのが見えた。 「蝋燭とかある?」 「仏壇の線香用のなら」 「別にこのままでもいっか」  窓から入る仄明かりと灯油ストーブが、かろうじて部屋の中を闇に完全に手渡さないでいてくれた。  それでも電球の明かりがなくなると、部屋の隅から寒さが忍び寄ってくるようだった。  カップ麺を食べて多少体は温まったものの、旭葵も一生も上着を着たままで、首にはお揃いのマフラーがしっかりと巻かれている。  2人は焚き火のようにストーブに手をかざしながら並んで座った。  静かな夜だった。  ふと、旭葵の脳裏に今日病院で見たお婆さんの姿が浮かんだ。お婆さんは体にいろんなものをつけられていた。 「病院、停電大丈夫かな」 「大丈夫だよ、停電はこの辺りだけみたいだし、それに病院は非常用電源があるから、どんな災害時でも電気が使えなくなったりすることはないんだよ」 「そうなんだ……」 「ああ、だから何も心配することないよ」  けれど小さな不安は大きな不安を呼び寄せる。

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