113 / 158

第113話

 灯油がなくなってしまったのか、燃え尽きたストーブがそばで冷たくなっていた。  一生の胸の中は温かくて、もう1度朝日と一緒にまどろみたくなる。瞼がその誘惑に負けそうになった時、旭葵の意識は冷水をかけられたように冴えわたった。  さっきから鳴っているのは旭葵のスマホだった。が、それに気づいたと同時に音は鳴り止んだ。  しかし今度は別の音が鳴り始めた。一生のコートのポケットからそれは聞こえてくる。 「一生、起きて、電話鳴ってる」  旭葵が一生の胸を揺すると、一生はうっすらと目を開けた。旭葵を抱いたまま、緩慢な動きでスマホをポケットから探り出すと耳に当てる。 「はい……」  低く掠れた声で電話を受けながら、再び閉じかかろうとしたその目が、カッと見開かれた。 「ああ、一緒にいる。それで? 本当? そっか、良かった。ああ待って、電話代わるから」  電話は一生のお母さんからだった。  お婆さんは無事肺炎の危機を乗り切り、熱もほぼ平熱に下がったとのことだった。本人はすぐにでも家に帰りたがっているが、大事を取って今日1日は病院で過ごし、明日には家に帰って来られると伝えられた。  電話を切ると、一生にむぎゅっと抱きしめられる。 「良かったな、旭葵」 「く、苦しいよ一生」  一生は思う存分旭葵をもみくしゃにすると、やっとその腕を緩めてくれた。  トライアスロンは止めたが水泳をやっているので、一生の上半身は男の旭葵でも惚れ惚れするほど逞しい。少しだけできた2人の空間を挟んで視線がかち合う。 「メリークリスマス、旭葵」  行き場を失ったように旭葵の視線が泳ぐ。 「なんか……」 「なんか?」  これじゃまるで恋人同士みたいだ。毎年クリスマスは一生と一緒だったが、さすがにこんなふうに一生の腕の中で目覚めたことはない。  本来だったら今、ここにいるのは激カワちゃんだったかも知れないのだ。 「なんか今の俺のこのポジションって本当は彼女のもんだろ、なんか俺でゴメン」 「何言ってんだよ、クリスマスは毎年2人で過ごしてたじゃないか」 「そうだけど、こんなだっ、抱き合うみたいにして寝たのって」  遅れてきた恥ずかしさに顔から火が出そうになる。それを見られたくなくて顔をうずめた先が一生の胸の中で、旭葵は慌てふためく。  が、はたと、あることに気づいた。突然弾けるように顔を上げたため、思いっきり頭を一生の顎にぶつける。 「痛ってぇ」  旭葵は頭、一生は顎を、2人同時に痛みに痺れる。一生の方が打撃が大きかったのもあるが、旭葵は素早く復活すると、まだ痛みに耐えている一生に尋ねた。 「一生、俺とクリスマス過ごしてたこと思い出したのか?」  うっすらと涙目になっている一生の目がジロリと旭葵に向けられる。しゃべるのがしんどいのか、しばらく間をおいて一生は口を開いた。

ともだちにシェアしよう!