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第114話
「湊と大輝がそう言ってたから……、ごめん、思い出したわけじゃない」
旭葵はがっかりしていることを悟られないよう、わざと明るく振る舞う。
「いいって、いいって、それより今日ちゃんと彼女とクリスマスを祝い直しなよ。昨日は俺のことで中断させちゃったみたいだから」
一生は返事をする代わりに旭葵を抱き寄せた。
「ちょっともう離せよ、そろそろ起きるから」
「もう少しこうしていよう、温かい」
旭葵は抵抗したが力を緩めようとしない一生に根気負けし、大人しく身を委ねる。
一生の鼓動がすぐ目の前にあった。2人で作る体温が心地よい。ぬるま湯に浸っているみたいだった。
こうしていると、後夜祭の夜を思い出す。
一生とこんなふうに抱き合うようにして踊ったラストダンス。旭葵と一生、他に誰もいない狭い準備室で、そこは2人だけの世界だった。
甘くメロウな旋律に揺蕩(たゆた)いながら、窓ガラスに映るキャンプフファイヤーの炎が眩しかった。
一生の漆黒の瞳が旭葵を捕え、それがゆっくりと降りてきて、一生は自分の唇を旭葵に重ねた。雨に降られているような、泣きたくほど優しいキスだった。
そして今、
トクン、トクン。
一生の心臓の音が旭葵の肌に伝わる。あの時と同じように、抱き合って、こんなに近くにいるのに、
一生はこんなにも遠い。
その時だった、一生の掠れた歌声が聞こえてきた。
「Oh my baby, You are so beautiful to me」
優しく蕩(とろ)けるようなメロディー、愛おしそうに恋人に呼びかける歌詞。
それは確かにあの夜かかっていた曲だった。
一生の口ずさむメロウな曲とは反対に旭葵の心臓が早鐘を打つ。
落ち着け、一生があの曲を知っているのは当然だ。ラストダンスに選曲したぐらいだからきっと好きな曲に違いない。今、たまたまそれを口ずさんでいるだけだ。
だとしても……。
Oh my baby, You are so beautiful to me.
むせかえるような一生の香りの中で、温かいその体温に抱かれて、旭葵は一生に気づかれないよう静かに、瞬きをするより秘めやかに、声を、身体の震えを殺して、泣いた。
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