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第115話
病室に入ると、目ざとく旭葵に気づいたお婆さんが手を振ってきた。昨日の別人だったお婆さんとは別人のいつもの旭葵のお婆さんに戻っていて、旭葵は心底ほっとする。
「全く人騒がせな婆さんだよ。せっかくのイヴが台無しになっちゃったじゃないかよ」
嬉しくて心にも思っていない憎まれ口をたていてしまう。
「東京に行かんかったんか?」
「当たり前だろ、あんな状態の婆さん置いて行けるかよ」
「昨日は何してた?」
「一生が家に来てくれて、2人でカップ麺食べて、それから……」
「なんじゃ、いつものイヴを過ごしとるやないか」
「いや、本当は一生だって他に用事があったんだって」
あの後、一生はしばらくして家に帰っていった。廊下で電話していた相手はたぶん激カワちゃんだ。
老人会の人たちがクリスマスケーキを持ってお見舞いに来たので、旭葵は「また夕方来るから」と、病室を後にした。
1階に降りると隼人に湊、それに大輝の3人が受付でお婆さんの病室番号を尋ねているところだった。
「旭葵なんだよぉ、隼人から聞いてびっくりしたよ、俺たちにもすぐに連絡しろよ、もう水臭いなぁ」
大輝にガシッと肩を組まれ、横で湊もそうだ、そうだと言わんばかりにうなずいている。3人に老人会の人たちがお見舞いに来ていると伝えると、
「そっかぁ、じゃあ僕たちは遠慮しとこうか」
湊が大輝と隼人に視線を送ると2人は素直に同意した。せっかくだからと町のファストフード店に寄ることになった。
旭葵と湊は飲み物、隼人と大輝はハンバーガーとポテトのセットを注文した。
「旭葵、ポテトでもつまむ?」
隼人がコーラーを啜る旭葵に尋ねる。
「いや、俺、腹いっぱい。朝からチャーハン山盛り食べたから」
今朝、一生が冷蔵庫の残り物で作ってくれたのだった。旭葵が全く料理をしないことを知っている湊と大輝は少し不思議そうな顔をする。
「へぇ、旭葵って料理するんだ」
「いや、一生が作ってくれて……」
3人は素早く目配せを交わした。
「昨日の夜から一生が来てくれてたんだ」
「夜っていつ? 俺が電話した時にはもういたのか?」
「うん、いた。7時頃かな、一生が来たの」
「一生って昨日は彼女とデートのはずだったよな」
「そうなんけど、早めに切り上げてくれたみたいで」
隼人は目の前の食べ物には手をつけず、考え込むように腕を組んだ。それに対して大輝はハンバーガーにポテトを挟むと豪快にかぶりついた。
「やっぱり、一生は一生だね」
アイスティーを飲む湊の口元が微笑んでいる。
「だな」
大輝は短く返事をすると、ゴクリと口の中の物を飲み込んだ。
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