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第121話
「桐島先輩が私を助けるのは、私が大事だからじゃありません。そうしないと如月先輩が悲しむからです。如月先輩が助けられて私が溺れ死ぬと如月先輩はきっと自分を責めて泣いて苦しむから、桐島先輩は私を助けるんです。そして自分も後から如月先輩の後を追うんです」
「考えすぎだよ……」
やっとそれだけ言うと後が続かなかった。
「男同士の友情ってすごいんですね。私なんだか焼けちゃいます」
激カワちゃんはストローでカップの底に溜まった氷をカシカシと突いた。
「三浦先輩は男の人も恋愛対象なんですよね」
突然激カワちゃんは隼人に話題を振ってきた。もしかしたら、今日激カワちゃんが隼人を待ち伏せした本当の理由は、この質問をするためだったのかも知れない。
「桐島先輩と如月先輩はただの友達ですよね?」
激カワちゃんからそれまであったおどおどした小動物のような印象が消えていた。洗いざらした布のような、どこか疲れ切ったような表情だった。それが激カワちゃんを少し大人びて見せていた。
隼人はゴクリと喉を鳴らせた。『そうだよ』と、早く言わなければ。が、沈黙がいつまでも居座る。
返事を引き伸ばせば伸ばすほど、崖っぷちに追い詰められていく。
張り詰めた緊張からストンと降りたのは激カワちゃんだった。
最初激カワちゃんの言っていることが理解できなかったのは、180度話題が変わったからだけではなかった。
「三浦先輩は桐島先輩が走ったり自転車漕いだりしてるの見たことあります? 大会で会ったことあります?」
「見たことはないけど、まあ走ったり、事故にあった時は自転車に乗ってたらしいから自転車にも乗るんだろうね」
我ながら間抜けな返しだと思ったが、このまま話題を変えたかった。最後の大会のくだりは訳が分からないのでとりあえず無視した。
「そうなんですね。じゃ、桐島先輩は大会には出てなかったんだ」
「あの、大会って何?」
「あ、そっか。桐島先輩が大会に出てなかったんなら三浦先輩が知らないのも無理ないですよね。桐島先輩って中学の頃までトライアスロンやってたらしいんです。本人から聞いた訳じゃないんですけど、泳いでる桐島先輩もカッコいいけど、走ったり自転車に乗ってる桐島先輩もカッコ良かったんだろうな、って思って」
立ち上がった拍子に隼人はテーブルの足で脛をぶつけた。
「痛ってぇ」
「大丈夫ですか!?」
手で脛を庇いながらも脛どころではなかった。隼人の頭の中で記憶がスパークする。
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