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第123話

 隼人は壮大に噴き出した。腹を抱えて笑いを爆発させた。激カワちゃんだけでなく他の客も驚いて隼人を遠巻きに見ている。可笑し過ぎて目に涙が滲んだ。  人の潜在意識は全ての物事を写真で撮ったように記憶しているという。今、隼人の記憶の目が開く。  あれはバンダナじゃない。あれはハチマキだ。そしてハチマキに書かれていた文字は、  必勝。  隼人は壊れたように笑い続けた。自分の愚かさを笑わずにはおられなかった。  あの少女は少女じゃない。似ている?   当然だ。  だってあれは、あの少女は、旭葵だ。  ずっと忘れられなかった初恋の少女。自分がこんなに旭葵に惹かれるのは、旭葵があの少女に似ているからじゃないかと思ったこともある。  旭葵に惹かれて当然だ、旭葵があの少女本人なのだから。  最高級の歓喜と失望が同時に隼人に襲いかかる。こんなに嬉しくてこんなに絶望したのは生まれて初めてだった。まるで炎の氷を噛み砕いているような気分だった。  激カワちゃんの乗ったバスが道の向こうに消えると、隼人は止めてあった自分のバイクにまたがりスマホを取り出した。  数回の呼び出し音の後、電話の向こうに旭葵の声が聞こえた。 「聞きたいことがあるんだけど」  隼人は旭葵と初めて会った湖畔の地名を口にした。  そこに行ったことがあるかどうか訊ねると、旭葵は考えているのかしばらくの沈黙の後、答えが返ってきた。 『あるよ。そこでトライアスロンのジュニア大会をやった年があって、友だちの応援で行ったことがある』 「その友だちって、前に旭葵が言ってた奴のこと? それって一生のことだろ」  隼人が転校して来た初日、西日に染まった浜辺で旭葵と交わした会話。あの時、旭葵はトライアスロンをやっていた友達がいると言っていた。 『そうだよ』  心なし、旭葵の声のトーンが低くなったような気がしたが、隼人はかまわず続ける。 「その時必勝って書いたハチマキしてた?」 『ハチマキ? そんなことまで覚えてないよ』 「あのさ、そこに行った時、早朝に……」  止めよう。  隼人は用意していた言葉を呑み込んだ。  旭葵はきっと自分のことなんて覚えていない。自ら惨めになるように振る舞い、それに酔いしれるペシミストじゃあるまいし。 「いや、なんでもない。聞きたかったことはそれだけだから、じゃあ」 『なぁ、なぁ』  旭葵が会話を繋げてくる。 『俺と隼人って前にそこで会ったことあるよな』  隼人は耳を疑った。言葉がすぐに出てこなかった。 『あれ? もしかして違った?』 「いや……」  それだけ言うのがやっとだった。

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