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第124話
『だろー、やっぱな。道でさ、会ったよな。隼人がトライアスロンやってるって聞いた時、なんかあの時の奴に似てんな〜って思ったんだよ』
「ああ、あの日、俺たち道で会ったよ」
『あんとき隼人なんであんなに驚いてたんだ?』
正確には隼人はあの頃はまだトライアスロンをやっていなかったので、旭葵が思っているのとは少し違うのだが、あえてそこを訂正する必要はない。
「なんでだろうな」
胸がじわりと温かくなって、くすぐるように鈴みたいな笑いが溢れてきた。
『なに笑ってんだよ』
電話の向こうから聞こえてくる旭葵の声が愛おしくてたまらなかった。
今すぐにでも飛んでいって、旭葵を強く抱きしめたかった。旭葵に殴られても蹴られても、その手に、その足にすがって、何度も何度も『好きだ』って言葉の雨を降らせたかった。
『あ、婆さんが呼んでるから、またな』
「ああ、また明日学校でな」
隼人は通話を切った後もしばらくスマホを握りしめたまま、旭葵との会話の余韻を楽しんだ。やがてある決意が隼人の中ではっきりとした輪郭を持ち始める。それは自分への誓いでもあった。
一生がなぜトライアスロンを止めたのかは知らない。見たところ怪我や体の不調ではなさそうだ。
それなりの理由があるにしても、あれほどの才能がありながら、あっさりとトライアスロンを捨てた一生に隼人は純粋に怒りを感じる。
才能があるがために難なく栄光を手にし、それゆえ執着が薄いのかも知れないが。
桐島一生、あいつはいわゆるトライアスロンの天才だ。
それとも天才も二十歳過ぎたらただの人じゃないが、才能に翳りを見せ始めたから身を引いたとでもいうのか。けれどそれにはまだ数年早い。
人は努力という美談が好きだが、才能がある奴に努力されたら凡人は太刀打ちできないのだ。
才能、人は隼人にその言葉を着せる。けど隼人は知っている。本当の才能はこんなもんじゃない。自分のは才能みたいなものでしかない。
本物の才能は、あいつ、一生みたいのをいうのだ。
どんなに努力しても必ずしもそれが報われるとは限らないものがある。生まれ持った才能、そして人の心だ。
トライアスロンの才能と旭葵という、隼人が欲しくてたまらないものを手に入れながら、それを自ら手放した一生。
今日の激カワちゃんの話から推測すると、旭葵の記憶を失った一生が今も旭葵に特別な感情を持っているのは明らかだった。
この短期間で一生は再び旭葵に恋に落ちたとでもいうのか。
それとも、もしかしてすでに記憶が戻っている、または最初から記憶を失ったフリをしているとか? なぜ? どちらにせよ、一生が旭葵への気持ちを隠して激カワちゃんと付き合っているのは確かだ。
あいつは旭葵ではなく激カワちゃんを選んだのだ。
「2度とあいつに旭葵は渡さない」
隼人の静かな一生への宣戦布告だった。
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