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第125話
校舎の3階ぐらいの高さから見下ろす冬の海は、その打ちつける白波がまるで旭葵たちに牙を剥いているように見えた。
「ここって墜ちたら結構危険なんじゃないか。こんな柵もなんもなくていいのか」
隼人は恐る恐る崖下を覗き込む。
「まぁ、田舎だからな」
大輝が返事にならないような応答をする。
「今は高さより寒さの方が危険だよね。妹の奴、僕の友達をみんな借り出しやがって」
湊は少し離れたところで映画研究部員たちと話している妹を睨んだ。
明日がバレンタインだという今日、映画研究部のショートフィルム撮影がこの海岸で行われていた。
「まあまあ、俺と大輝はついでみたいなもんだからさ」
隼人はそう言うと旭葵からよもぎの入ったキャリーケースを受け取った。
「俺は今日はよもぎのマネージャー」
旭葵は自由になった両手をストレッチするように伸ばしながら、チラリと視線を流す。その先には一生と激カワちゃんがいた。
一生はキャメル色のマフラーを巻いていて、一生のコートのポケットの中に激カワちゃんの手も一緒に入っていた。
「それで話ってどんな話なんだ?」
大輝がその場で足踏みをしながら湊に尋ねる。
「僕もよく知らないんだけど、現代の魔女狩りの話だってさ。今日は魔女が町の人たちに断崖絶壁に追い詰められるシーンの撮影らしい」
「それで猫か、でもよもぎって黒猫じゃないし、魔女の猫って感じじゃないよな、なんかこうぼてっとしててシュッとしてないっつーか」
「なんだよ大輝、うちのよもぎにケチつけんのかよ」
旭葵はじゃれつくように大輝の首に腕をまわす。
「まあまあ、その辺は現代版だからいいんじゃない?」
「激カワちゃんって映画研究部にも入ってたんだな、それも主人公の魔女役か。で、一生は彼女の鞄持ちってか?」
隼人は全身黒尽くめの激カワちゃんとその横の一生に目をやった。激カワちゃんが一生のマフラーを巻き直してあげている。
「一生は妹が頼み込んで今日だけ出演する町人の1人だよ。なんか試写会で女子を集めたいらしい」
そう言えば文化祭の後、湊の妹は一生からもらったブーケを競売にかけて高値で売りさばいたと聞く。今回もチラリとしか出ていない一生を、さも主演かのように謳って人を集める気なのかも知れない。湊の妹、やり手だ。
部員の女子が2人、絶壁を覗きに来た。聞くつもりがなくても、海風が2人の会話を隼人の耳に届ける。
「うわっ、やばっ、ここ。鈴って泳げないんでしょ、墜ちたらやばくない?」
「ほら、そこは今日は桐島先輩が一緒だから。プールに落ちた鈴を助けた時の桐島先輩、マジでカッコ良かったわぁ」
おいおいおい、秋のプールと真冬の海を一緒にするなよ。それに今日は特に風が強くて波が荒い。
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