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第126話
トライアスロンで海を泳ぐことが多いだけに隼人は海の怖さをよく知っていた。
さっき見たところ下は岩も多く、普通に墜ちたら多分岩に激突する。
運よく海に着水できたとしてもこの高さだ。水深と体勢によっては死んだっておかしくない。いや、むしろ死ぬ確率の方が高いかも知れない。
泳げる泳げないの問題じゃない。
崖っぷちギリギリに立たなくても、立っているように見える撮り方をすると言っても、自分だったらここでの撮影はしないと、隼人はこの場にいるメンバーを見回した。
この中でここの危険性を分かっているのは、海の近くで育った旭葵たちと自分。その中でも海をこれでもかと泳いできた自分と一生だろう。
それにしても、と、隼人はさっきからずっとくっついて離れない一生と激カワちゃんに再び視線を向ける。
『私の頭を撫でながらもその手に桐島先輩の心はありません』
ここからでは一生の表情まではよく見えないが、どこからどう見ても2人はアツアツのラブラブに見える。けれどあの時の激カワちゃんは真剣だった。
みんな寒さで表情を固くしている中、激カワちゃんが笑いながら一生の胸を軽くはたいた。
あんなふうに楽しそうにしていても、心の中では必死なのだろうか。それともこの1ヶ月で状況が一転し、激カワちゃんの悩みがすっかり解決したなんてことはあるのだろうか。
この場で激カワちゃん以外に笑っている人間がもう1人いた。
旭葵だった。普段から旭葵はよく笑うが、今日の旭葵はいつもと何かが違った。
笑顔と笑顔の間の息つぎに見せる憂いの表情。それを隼人は見逃さなかった。
伏せられた長い睫毛の下に隠れた瞳が何を見ているのか。そこに映るものが、まるでアイスピックのように旭葵を削っていく。隼人には笑い声は痛みを口にできない旭葵の悲鳴に聞こえた。
居ても立っても居られなくなった。
「湊、ちょっとよもぎ持っててくれる?」
隼人はキャリーケースを湊の腕に預ける。
「あーさき!」
旭葵を後ろからぎゅっと抱きしめた。旭葵が顔を回した瞬間、その頬にキスをする。
「隼人、ちょっ」
頬を拭おうとしたその手にすかさず口づける。
「ちょっと、止めろって」
「俺なりの温まり方」
隼人は旭葵の肩に、背中に、腕にとキスを落としていった。
「なんだよソレ」
がっつり着込んだ服の上からとあってか、いつもなら速攻殴ってくるところを、旭葵は笑いながら隼人にしたいがままにさせた。
このキスが少しでも旭葵の削られた部分を埋めてくれますように。
隼人はそんな願いを込めて旭葵の肩に顔をうずめた。
きたぞ、きたぞ、凄まじい殺気が。
隼人は短く深呼吸をした。見なくても分かった。隼人の全身を切り刻みたがっている暴力的な視線がどこから発せられているのか。
でもな、あいにく視線では人は殺せないんだよ。
隼人はゆっくりと顔を上げる。隼人に向けられる視線を迎え撃つような攻撃的な目を一生に向ける。
おまえは激カワちゃんを選んだんだ。だから旭葵は俺がもらう。せいぜいそこから指を咥えて見てろ。
隼人は口の端をニッと持ち上げた。
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