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第127話

「みなさんスタンバイお願いしまーす」  湊の妹がバラバラに散ったメンバーに集合をかける。  激カワちゃんは断崖にほど近いところに立ち、その手前に一生を含む町人たち、その後方に撮影スタッフが位置した。  断崖がなだらかな上り坂になっているため、手前からだと確かに激カワちゃんが断崖ギリギリに立っているように見える。実際は際から2メートル以上離れているから、足を踏み違えて落下するようなことはない。 「あ、よもぎちゃん、お願いしまーす」  やはり湊の妹のかけ声で、旭葵が激カワちゃんに歩み寄る。腕には赤い首輪とリードをつけたよもぎが抱かれている。 「大輝はあんなふうに言ったけど、よもぎは人見知りせずに誰にでも抱かれてくれるからさ、撮影向きの猫だよ」  プライベートでも妹の撮影に付き合わされることが多いという湊は、過去に大変な思いをしたことがあるのだろう。  大人しく激カワちゃんの腕におさまったよもぎの頭を数回撫でた旭葵が引き返して来ようとした時だった、背後で大きな音がした。  一斉に皆が音の方向を向くと、風に煽られた撮影用のレフ板がそばの折り畳み椅子をなぎ倒し、風に飛ばされていっているところだった。  いち早く視線を断崖に戻そうとした隼人が最初に見たのは、1人だけ断崖の方を見たままの一生だった。  まるで音など聞こえなかったかのように、一生はそこから目を離さなかった。  そこから先は、全てスローモーションのように見えた。  大きな音に驚いたよもぎが、ゴム毬のように両足で激カワちゃんを蹴ったのと、大鎌で足元を刈られるような風が吹いたのは同時だった。  小柄な激カワちゃんは背中を海に引っ張られるように後退した。2メートルなんて距離はあっという間だった。  いち早くそれに反応したのは、激カワちゃんの1番近くにいた旭葵だった。  本物の猫より躍動的なその動きは、ヒョウやチーターといった野生のネコ科動物のようだった。  旭葵は激カワちゃんの腕を掴むと自分の体重を使って海とは反対の方へ放り投げた。が、無理な体勢からの動きで力があと少しだけ足りない。  このままだと2人とも堕ちる。  それは黒い光のようだった。旭葵とほぼ同時に反応した一生は空気を切り裂くように駆けるとその手を伸ばした。  伸ばした手が掴んだのは、旭葵ではなく激カワちゃんだった。  一生は旭葵が突き飛ばした激カワちゃんをそのままこちら側に引っ張った。  それを見た旭葵は海に向かって体を傾けながら、ほっとした顔をした。振り子のように自分の体を使った旭葵はすでにその身を海にあけ渡したかのように見えた。 「アサ!」  一生は叫んだ。

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