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第128話

 その動きに、微塵の迷いもなかった。  灰色の冬の海が激カワちゃんの悲鳴を嘲笑う。  すでに足先が陸を離れた旭葵を追って、  一生は飛んだ。  宙で旭葵をしっかりと抱き止め、そして2人はそのまま堕ちていった。  周囲で上がる叫び声が遠くに聞こえる。隼人はその場から動けなかった。  海風がやけに耳元でうるさかった。  海から2人が上がって来た時は、奇跡だと思った。  当然、撮影は即効中止になり、ずぶ濡れの旭葵と一生だけは誰かが呼んだ車に乗って先に帰っていった。  帰り道、ずっと湊の妹が「ごめんなさい、ごめんなさい」と誰にでもなく謝りながら泣いていて、その横で激カワちゃんが人形のように魂の抜けた顔をしていた。 『桐島先輩はね、もし私と如月先輩が溺れていたら、きっと私を助けてくれると思うんです。でもその後、桐島先輩は迷うことなく川に飛び込んで如月先輩と一緒に溺れるんです』  あの時は大げさな例えだと思った。けれどまさかそれが現実に目の前で起きようとは。  旭葵を追って絶壁から迷いなく飛び降りた一生。  普通に墜ちたら岩に叩きつけられるところを、一生が旭葵にぶつかるように飛んだために距離ができた。そのおかげで岩ではなく海に堕ちたのだった。幸い水深もあり、着水した時の姿勢も良かったのだろう。  それでも、いちかばちかの賭けだったはずだ。そう簡単に誰もができることではない。死を覚悟しなければ、あそこから飛び降りることはできないだろう。  宙でしっかりと旭葵を抱きしめていた一生。自分の命もかえりみず、そして、  死ぬ時さえも一緒に。  隼人は地面に足が張り付いたようにその場から1歩も動けなかった。 「ちくしょう……」  旭葵への想いは一生に負けないつもりだった。時間を巻き戻せるのなら巻き戻したい。一生と自分の差を見せつけられるのはトライアスロンだけで十分だ。  大人たちの怒涛のような説教から解放された時には、せっかくお風呂で温まった体はすっかり冷え切っていた。  一生とはあまり会話をする間もなく別れた。映画研究部員の部長がよもぎを送り届けてくれて、婆さんに平謝りして帰っていった。  夕飯は激辛キムチ鍋で、着ていたTシャツが絞れるほど汗をかいた。今だったらまた冬の海に飛び込めそうだと冗談を言ったら、婆さんに張り倒された。  夜、部屋の明かりを消すと、耳の奥に残った波音が旭葵を海へと呼び戻す。  考える前に体が動いていた。気づいた時には激カワちゃんの腕を掴んで放り投げていた。けど、力があと少しだけ足りなくて、チッと心の中で舌打ちをした。  そしたら一生が光のように現れて、激カワちゃんを引っ張ってくれた。

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