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第129話
よかった、って思った。激カワちゃんを助けられて、そして最後に見られたのが一生の顔で。
何がなんだか分からなかったけど、“最後”を本能的に感知した気がする。
きっとあの一瞬は0.0何秒みたいな、本当にほんのわずかな時間だったはずなのに、一瞬を作る極小の秒針がやけにゆっくり時を刻んでいた。
そのわずかでたっぷりの間、旭葵と一生はお互いを見つめていた。
『アサ!』
一生はそう、旭葵を呼んだ。
懐かしい響きだった。
今は誰も口にしなくなった、一生だけの旭葵の呼び名。
それから、一生と抱き合って海に堕ちた。
旭葵は目を閉じる。
海水が温かかった。一生の腕の中で波に揺られていた。
優しくて、心地良くてとろけそうだった。波間をぬってどこからともなく音楽が聞こえてきた。
そのメロウな旋律が甘美な記憶を連れてくる。後夜祭の夜、一生と踊ったラストダンス。2人が溶け合うように揺れる体感と甘い旋律は、切り離せないセットとして記憶に刻まれた。
そしてクリスマスの朝、旭葵を腕に抱いて一生が口ずさんだ歌詞。
Oh my baby, You are so beautiful to me.
あれは、本当に単なる偶然だったのだろうか。
『何言ってんだよ、クリスマスは毎年2人で過ごしてたじゃないか』
一生は思い出したわけじゃないと言った。でも本当に?
他にもある、一生が旭葵のマフラーを見て言った言葉に旭葵は引っかかりを感じた。
『その名前入りのマフラー可愛いな、初めて見る』
初めて見る。
この言葉は変じゃないか? 旭葵の記憶を失ったはずの一生が、冬の旭葵を見るのは今年が初めてのはずだ。それなのに、
初めて見る。
それは去年やもっと前の旭葵を知っているからこそ出てくる言葉ではないだろうか。
そして今日、一生は咄嗟に旭葵をこう呼んだ。
アサ!
何千回、何万回、出会った頃からずっと口にしてきた一生だけのための旭葵の名前。
それとも記憶がなくても口が覚えていたとでもいうのか。
眠れない夜に旭葵は布団から体を起こし、目の前の闇に問いかける。
本当に、もう俺の一生はいないのか?
闇はただ、沈黙するだけだった。
梅の甘い芳香が空気を温めるのを眺めていたら、振り返ると桜が咲く準備を始めていて、瞬きをしている間にその花びらを散らしてしまった。
3年のクラス替えで、大輝だけが外れて旭葵に湊、隼人は同じクラスになった。一生とは今年もクラスは別だった。
一生のお母さんと近所のスーパーでばったり会ったのは、遅い春一番が吹いた土曜の午後のことだった。
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