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第132話
家を出る時にうっすら白んでいた東の空は、海岸に着くと朝日を携え眩しく輝いていた。今朝はいつもの早朝ランニングのコースを変えてみた。
隼人はサクサクと砂浜を朝日に向かって走る。
昨日、校長室に呼び出された隼人は、校長直々に校内のトライアスロン大会に出場して欲しいと頼まれた。
毎年6月に行われている大会だが、どこからか隼人の在籍を知った他校のトライアスロンの選手たちが、自分達も参加させてくれないかと打診してきたという。
『毎年優勝者には景品が授与されているのだが、君は何か欲しいものがあるかね?』
これを機会に校内トライアスロン大会を学園名物にし、世間に我が校を宣伝したいという校長の下心がありありと透けて見えた。
『今までの景品はなんだったんですか?』
『学食の食券3万円分と、所属している部の部費アップ、そして前年度のミスコン優勝者のキスだ』
隼人の反応を伺いながら、校長は続ける。
『今年5五万にしてもいい』
隼人が黙っていると、
『キスはほっぺとかじゃなくて、他の場所でもいいぞ』
このエロおやじめ、と思いながらも隼人は素早く頭を巡らせる。
『食券は5万で。あと僕は部活に入ってないので、代わりに友人の部にその権限をあげてもいいですか? で、キスなんですが、それも含めて返事はちょっと待ってもらえますか? 夏は
大事な全国大会もあるので』
いい返事を待ってるよ、と、校長は隼人を校長室のドアの前で見送ってくれた。
もし校内の大会に出るとしたら、この海を泳ぐことになる。ランもバイクもこの周辺だ。まだ出場するかどうか決めてないが、朝夕のトレーニングコースを変えておいて損はないだろう。
海岸に沿って松林が広がっていて、その向こうには国道が走っている。緩やかなうねりを挟んで時々急なカーブがある。
その時松林の中で何かが光った。隼人は引き寄せられるようにして光の方へと進路を変えた。
光の元は1台のスマホだった。
家に帰ると、雨と海風にさらされ、とっくに壊れているだろうと思えるスマホを充電器に差し込む。
シャワーで汗を流し学校に行く準備をする。朝食を取って部屋に戻ると、死んだと思っていたスマホが息を吹き返していた。長い眠りから目覚めたスマホは隼人にパスコードを要求してきた。
このスマホを拾った時から、あれこれ考えを巡らせたが、毎回行き着く答えは同じだった。
多分このスマホは一生のスマホだ。事故で失くなった一生のスマホは結局発見されず、一生は新しいスマホを買った。
このまま一生に返すべきだと思った。一生のスマホの中身など興味はない。が、隼人の指は本人の意思を反して勝手に動いた。
隼人が打ち込んだのは、旭葵の誕生日だった。
いきなりメッセージアプリのトーク画面が現れた。事故を起こした最後の瞬間に一生が開いていた画面だった。
そこには入力された文字が送信されないまま残っていた。
――アサ、ごめん、本当にごめん。
隼人は何度も繰り返し、その文字を目でなぞった。
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