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第133話

 昼休み、意外そうな顔をした一生が教室の外に出てくる。 「隼人が俺に用なんてめづらしいな」  隼人は無言で一生のスマホを差し出した。一生が目を見張る。 「これ……」 「今朝、浜辺をジョギングしてたら松林の中で見つけた。で、悪いけど中をちょっと見た」 「え、まだこれ動くのか」  一生はスマホが壊れていないことに驚き、隼人の言葉の細かいところまで意識がいってないようだった。 「一生おまえさ、本当に旭葵のこと今でも何も思い出せないわけ?」  一生の片方の眉尻がピクリとつり上がった。 「事故にあった夜、旭葵と何があった?」 「覚えてないよ」 「本当にか」 「ああ」 「本当に何も覚えてないのか」  隼人の声に苛立ちが混じる。 「しつこいな」  一生も負けじと刺々しくなる。隼人は一生の鼻先に指を突き出した。 「そうか、じゃあなんにも覚えてないおまえに教えてやるよ。おまえのスマホのパスコードはな、旭葵の誕生日だ」  一生の顔の筋肉が硬直するのを見届けると、隼人はくるりと背を向けた。  今日1日でこれで何人目だろうか、体育館から教室に戻る途中、旭葵は足を止めて隼人を振り返る。  朝から陸上部にサッカー部、そして今はバレー部が隼人を捕まえて同じ質問をしてくる。 「校内トライアスロン大会に出るのか?」  大会に優勝すると優勝者が所属している部費が大幅に増やしてもらえるため、みんな真剣だ。  隼人が出場するとなると、ほぼ優勝は無理なのでみんな隼人に出場を辞退して欲しいようだった。  隼人は以前南米音楽研究部に興味を示したものの結局入部はせず、今でもどこの部にも入っていない。月に1度は東京にトライアスロンのトレーニングに行っているし、自主練もやっているようなので忙しいのだろう。  そういう隼人の事情をリサーチ済みなのか、皆一様に隼人が辞退してくれて自分が優勝したら、食券3万円分は隼人に譲ると約束し、中にはそれにプラスアルファをつけてくる強者もいた。これはもう立派な賄賂なのではないだろうか。 「旭葵、お待たせ。先に行ってくれててもよかったのに」 「俺だったら辞退して食券だけもらっちゃうけどな」  ひひっと旭葵は笑った。そんな旭葵を見て隼人はニヤリと口の端を持ち上げる。 「んー、俺は食券よりも欲しいもんがあるんだけどなぁ」 「なんだよソレ」 「秘密」  秘密。  その言葉が旭葵を後ろ暗くさせる。  数日前お婆さんに言われたブラジル行きの話を旭葵はまだ誰にも話していない。  

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