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第134話
旭葵はお婆さんから旭葵の両親がブラジル永住権を取得しようとしていることを聞かされた。
『あの2人には日本よりブラジルの方が合っとるやろう』
南米音楽研究部に入り、多少なりとも南米の文化を学んだ旭葵もお婆さんと同意見だ。
が、その後にお婆さんは爆弾発言をした。
『婆さんもブラジルに行く。旭葵が行かんと行けんやろ』
要は自分がブラジルに行きたいから、旭葵も一緒に行けと言っているのだ。
旭葵の両親がブラジルの永住権を取得するとその家族には滞在ビザが下り、永住権だって申請できる。お婆さんはクリスマスに入院したことで、自分もいつなんどき何があるか分からないと思ったらしい。
『やりたいことはやっとかんとな』
『せめて高校を卒業するまでは……』
『あっちの高校に編入すればええやろ、来年まで待っとって婆さんがその前に死んだらどうするんや』
『今、そんなに元気で死ぬわけないだろ』
そう言いながらも、旭葵はイヴの日にお婆さんが居間で倒れていた姿が今でも瞼の裏に焼き付いて離れず、それ以上は何も言えなかった。
あんな瞬間に立ち会うのは2度とごめんだ。婆さん以上にこっちの寿命が縮まりそうだ。
それにもしかしたらお婆さんは旭葵のことも心配してくれているのかも知れない。お婆さんが死んだら旭葵はあの家に1人になってしまう。
実際にあの時、旭葵はそれを想像して心が冷えた。
でも、もしブラジルになんて行ってしまったら、もうみんなと会えなくなる。湊に大輝に隼人、そして……一生。
以前だったら一生と会えなくなるなんて絶対にいやだった。けれど今はそんなふうに思えた頃の旭葵と一生ではもうない。2人の間に起こったことを片方は忘れたフリをし、もう片方はなかったかのように振る舞い、そんな関係がこれから続いたとして、何になろう。
そして何よりも旭葵がこれ以上一生の近くにいるのが辛かった。お互いのためにも、遠く離れてしまった方がいいのかも知れない。
いきなり肩を強く叩かれ、遠くに飛ばされていた意識が戻ってくる。
「旭葵、さっきから何ぼんやりしてるんだよ」
「いや、別に……」
横に並んだ隼人の視線が頬にピリピリする。
「なぁ旭葵、聞きたいことがあるんだけどさ、一生が事故にあった夜、一生と何かあった?」
旭葵は小さく息を呑んだ。脳裏が薄暗く翳る。引きちぎられ畳の上を転がるボタン。口内に広がる錆びた鉄のような血の味。
「もしかしてあいつに何かされた?」
「な、な、なんだよ、何もされてなんかないよ」
「旭葵、本当に?」
「本当だよっ」
隼人が旭葵の言葉を信じていないのはその顔から一目瞭然だった。隼人の視線がジリジリと旭葵を追い詰める。
「そ、それより校内の大会どうすんの?」
旭葵は隼人の追及を振り払い話題を変えた。
「食券より欲しいものが何なのかは知らないけど、そもそも優勝したって隼人にはたいしてメリットないしな。だいたいみんな部費アップが1番の目的で出場するみたいなもんだけど、隼人は部活入ってないからさ。だったらわざわざきつい思いしないで今回は運動部に優勝を譲って食券だけもらった方がいいよ」
「もし俺が優勝したら、南米音楽研究部の部費をアップしてもらうよ」
「えっ、いいよそんなの」
「演奏会の時の衣装、旭葵、帽子も欲しいって言ってただろ」
「俺、部活やめるかもしれないし、それにもしブラジル行ったら、あっ」
しまった、と、焦りを隠そうとするが、隼人に尻尾をしっかりと掴まれる。
「ブラジル? 部活やめる? どういうことだよ」
すごい剣幕でぐいぐい迫ってくる。どのみち早かれ遅かれみんなに話さなければいけないことなのだ。
「実は俺、もしかしたらブラジルに行くことになるかもしれないんだ」
旭葵はため息混じりに告白した。
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