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第136話

 旭葵のブラジル行きの話を知った湊と大輝は最初こそショックが隠せないようだったが、やがて2人とも前向きに受け入れるようになった。 「ブラジルに友達が住んでるなんて、なんかカッコいいよな」  大輝は遊びに来る気満々で、最近はポルトガル語のあいさつを練習し始めた。 「やっぱプラジルっていったらリオのカーニバルだよね、僕も1度は見てみたいと思ってたんだ」  湊もなかなかノリ気だ。  クラスメイトにもチラホラ知られているようで、まだ何もはっきりとは決まっていないのに、旭葵に別れの挨拶を伝えに来る生徒もいた。  旭葵がほとんど話したことのない生徒でも知っているくらいだから、当然湊か大輝から、そうでなくともどこからか旭葵のブラジル行きを一生も知っているはずだが、一生だけは旭葵に何も言ってこなかった。 「そういえば隼人は?」  昼食時、隼人がいつも座っている席に湊は目をやる。授業が終わって教室を出て行ったっきり姿が見えない。 「購買部にはいなかったよ、ほい、これ頼まれてたやつ、旭葵ほんとソレ好きな」  大輝は紙パック入りのフルーツジュースを旭葵に手渡す。  3人はしばらく隼人を待ったが戻って来ないので、それぞれの昼食をテーブルに広げた。  ほどなくして、いつもはその存在を消しているような教室のスピーカーがいきなり音を発した。  ピンポンパンポーン。  お弁当の匂いとおしゃべりで賑やかな教室がしんとなる。  ガサゴソと粗雑な音が聞こえたかと思うと、耳をつんざくような高音がそれを聞いている人の顔をしかめさせ、再びガサゴソした後、ようやく人の声が聞こえてきた。 「え〜、ただいまマイクのテスト中」  今度はぽんぽんぽん、とマイクを叩く音がした。 「聞こえてるから、さっさとしゃべれよ」  会話を中断されちょっぴり不機嫌になった声がどこからともなく上がる。 「え〜、みなさんこんにちは放送委員の滝川です。今日は6月に行なわれる校内トライアスロン大会についてのお知らせです」  部活が文化系の生徒は会話こそ中断したままだが、それを聞いて食事を再開させる者がパラパラと出始める。 「ご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、当校には去年、一昨年と全国高等学校トライアスロン大会の優勝者、三浦隼人君が在籍しております。今年はその三浦君が大会に出場してくれることで、他校の有望選手も参加することになり、大いに盛り上がりそうです。例年まで優勝者には学食の食券3万円分と、優勝者の所属する部の部費アップ、それに去年のミスコン優勝者のキスが賞品でしたが、今年は他校の生徒も参加するため、その内容が変わりました。ほとんど三浦君の一存、コホン、言葉を間違えました、選手の皆さんに例年以上に士気を高めてもらうため、今年は素晴らしい賞品を用意せさせていただきました。その発表を兼ねて、今から三浦君に皆さんにご挨拶をしていただきたいと思います」  旭葵たち3人は同時に顔を見合わせ、再びスピーカーの方を向いた。箸を動かしていた生徒も手を止めて顔を上げる。  間もなくしてスピーカーから、隼人だけど隼人の声じゃないような隼人の声が聞こえてきた。 「三浦隼人です。6月の大会は本気で挑みます。絶対優勝します。優勝賞品ですが今年は一点集中一択です。スバリ、去年文化祭での女装コンテスト優勝者、3年2組如月旭葵君の本気キス!」  旭葵は飲もうとしていたフルーツジュースを盛大に吹き出した。クラスメイト達が一斉に旭葵に注目する。 「お、俺、そんな話聞いてない!」  旭葵は沸騰したように顔に血をのぼらせる。その時、それまで冷静とも言える口調だった隼人の割れるような怒鳴り声がスピーカーを震わせた。 「おいキング! いいか、よく聞け! おまえが何を勘違いしているか知らないが、俺はまだおまえの姫には指1本触れてないからな! が、おまえがいつまでもそうやって知らんぷりをかましやがるんだったら今度こそ姫は俺がもらう! 今度の大会で正々堂々とみんなの前で姫は俺のものだと宣言するからな。それが嫌だったらトライアスロンで俺と勝負しろ!」  訳が分からずクラス中が呆気に取られている中、湊と大輝だけが顔をニヤつかせていた。

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