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第139話
校内トライアスロン大会の当日は、初夏と呼ぶにふさわしい爽やかな朝から始まった。
コースは海でのスイム0.75kmに、海沿いの道のバイクが20km、最後のランは5kmという内容になっている。
校長が町内会とコネがあるため、毎年交通規制を行なって開催されるのだから本格的だ。
今年は他校の生徒も参加するため土曜日の開催となり、旭葵がスイムのスタート地点である浜辺に到着した時には、すでに大勢の観客で浜は賑わっていた。
その中に旭葵のよく見知った顔の集団があった。旭葵のクラスメイトたちだった。
「旭葵、ここここ!」
湊が旭葵を見つけて手を振ってよこす。その横には大輝もいる。
「遅かったね、開会式も終わってもうすぐスタートだよ」
遅くもなるはずだ、今日は旭葵にとって人生最大の黒歴史となる日なのだから、ここに来るまでの足取りの重いことといったら。
「隼人は?」
「もう行っちゃったよ」
てっきり去年の全国大会の時のように、旭葵の抱擁と応援の言葉を待っているかと思っていたので少し拍子抜けする。
「なんかこの前の大会より隼人真剣でさ、こっちから話しかけるのも憚られる感じだったよな」
大輝が言うと、湊もそれに大きく頷いた。
「隼人から旭葵に伝言を預かってるよ。絶対に優勝するからゴールで待っててくれって」
湊はそれも預かったのか、親指を立てた。
旭葵はなにしろ大会の優勝賞品であるため、レースを自由に見学するのはいいが、先頭の選手がゴールする時はゴール前で待機しておかねばならなかった。
旭葵は離れたところでスタートを待っている選手たちに目をやったが、専用ウェアにキャップとゴーグルをした姿からは、どれが隼人なのかは分からなかった。
せめて一言「頑張れよ」くらい言ってやりたかったが、それももう叶わない。こう言ってはなんだがこうなった以上、旭葵もせめて隼人に優勝してもらわないと困る。
「今年は去年の倍は参加者いるな」
旭葵は1度もこの大会を見に来たことはないが、去年も一昨年も陸上部の先輩の応援に大輝は大会を見に来ていた。
旭葵は照りつける太陽に手をかざしながら選手たちの方に目をやる。ざっと100人くらいはいるように見えた。
「出場選手のレベルといい、なんかもう公式大会並みだな。噂を聞きつけたトライアスロン専門誌の記者も来てるらしい。やっぱ隼人ってすごいんだな。あ、ほら、スタートするよ」
湊が指差した。
海の蒼を映したような空に向かって放たれたスタート音と共に、選手たちが一斉に海に飛び込む。375m先の沖に浮かぶブイをぐるりと回って浜に戻ってくるコースだ。その後には20kmのバイクパートが控えている。
打ち寄せる波をものともせず突き進んでいく選手たちの泳ぎに浜から声援が飛ぶ。
そうしているうちに、早くも先頭集団がブイを回って浜に戻ってくるのが見えた。
「あ! あれ三浦君だよね!」
旭葵たちの横でクラスメイトの女子たちが黄色い声を上げた。
「うんうん、あの赤いキャップは三浦君だよ!」
湊と大輝も目をすがめながら「だな」と相槌を打つ。
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