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第140話
しなやかで、それでいて力強い泳ぎに見覚えがあった。隼人が転校してきたその日に、旭葵が浜辺で見たあの泳ぎだった。
「でも1番じゃない、頑張れ三浦君!」
クラスメイトたちが声を荒げて応援し始める。
旭葵も一緒になって声を出そうとした、その時、
それが旭葵の目に飛び込んできた。
隼人より体半分リードするかたちで浜に戻ってくる先頭の選手。
澄み渡った青い空、太陽の光を反射して輝く水飛沫。まるで海がそのために道を開けるようなダイナミックな泳ぎ。
旭葵の胸の中を大きな風が吹き抜けていった。
あの泳ぎを旭葵はよく知っている。
今日みたいな眩しい海で、時に青い湖面で、またある時は雄大な大河で、いつも先頭をいくその姿。
でもまさか、そんなはずない。
「ガンバレー!」「行けー!」
浜に響く声に呼応するように遠い記憶が蘇る。
「トップが上がってくるぞー」
浅瀬で足をつき浜を駆け上がってくる黒いウェアに包まれた見事な逆三角形の身体。
その広い胸に旭葵は何度も抱かれたことがある。
選手の手が装着したゴーグルとキャップに伸びる。
濡れた髪から滴り落ちた水が潮風で飛ばされ、隠れていた顔が太陽の下に現れる。
一生!
「ねぇ、あのトップの人、あれ4組の桐島君じゃないの? 桐島君トライアスロンなんてやるの?」
にわかに周りの女子たちが騒ぎ始める。
その前を一生が次のバイクに向けて駆け抜けて行く。
旭葵は声援を送るどころか、息を止めてその姿をただ目で追った。
一生にわずかに遅れて隼人が続く。
「行けー! 三浦!」
男子たちは声を涸らして隼人に声援を送る。
「桐島って水泳部だろ、なら仕方ないよな。それに三浦のバイクって凄いんだろ。3種目の中で1番得意って本人も言ってたから、次で簡単に追い抜けるって」
「水泳は主に上半身、バイクは下半身で使う筋肉が全然違うもんな」
どこからかそんな声がチラリと聞こえてくる。
一生と隼人はバイクにヒラリとまたがると、風に背中を押されるようにしてその場を走り去った。
それから十数秒後、続々と海から上がった選手たちがバイクに乗って2人の後を追う。ここから海沿いの道を20km、選手たちは走る。
「旭葵、行くぞ。直線コースの近道でバイクパートのゴール地点に向かうぞ」
大輝が旭葵の手を取って走り出した。すぐ横を湊も一緒についてくる。
「大輝も湊も一生が大会に出ること知ってたのか?」
「いや知らなかった。最近ずっと一生と話してなかったから。でも俺は一生は出ると思ってたよ、あんなふうに隼人に吹っかけられちゃな、な、湊」
「うんうん」
「三河の武将、いや、キング復活だな」
2人は走りながら笑っていた。
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