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第142話

 体育教師の車に乗せられて学校に着くと、いつもの校門はF I N I S H のゲートが立てられた立派なゴールと化していた。校庭には表彰式用のステージも設置されている。 「あ! 如月君! 来た来た!」  去年の文化祭で旭葵に女装させた女子たちが旭葵を待ち構えていた。  彼女らはメイク道具の箱や衣装の入った大きなバックを手にしている。 「えっ、また女装すんの?」 「当たり前でしょ、如月君は今大会の優勝賞品なのよ、まさかその普段着でステージに上がるつもりだったの?」  今日のために解放されている1階の教室に旭葵は連れて行かれる。 「去年以上にみんながあっと驚く大変身をさせるわよ!」 「去年と同じじゃないの?」 「去年と同じでいいって言われたんだけど、でもせっかくなら、ね!」  女子たちは皆、うん、と大真面目な顔をしてうなずく。 「今日は如月君には武将の姫は姫でも、優勝者、ううん、勇者のためのたった1人の姫になってもらう。さ、メイク始めるから目を閉じて」  いったいどんな女装をさせられるのかと不安になるが、今はそれどころじゃない。  さっきからレースのことが気になって仕方がない。バイクパートの結果は湊が電話をくれると言ったが、そうだ、スマホをちゃんとそばに置いとかないと。 「ちょっと! 動いちゃダメ、目も開けないで!」  薄目を開け、わずかに肩をよじっただけで怒られる。スマホと言おうとして、「喋っちゃダメ!」とまた叱られる。  ちくしょう、婆さんといい、女ってなんでこんなに強いんだ。  旭葵は動きたいのをじっと我慢する。  今ごろバイクパートのどの辺を走っているのだろう。一生と隼人は競(せ)るようにしてバイクのスタートを切った。  一生が誰かと競っているのを旭葵は初めて見た。スイム、バイク、ラン、どのパートでも一生はいつもぶっちぎりのトップだった。  その一生とあれほどの近差だった隼人。泳ぎ方が異なるとはいえ一生は競泳をやっている。やっぱり隼人ってすごいんだ。  隼人の1番得意とするのはバイク。  一生は? 一生が得意なのはどのパートだっけ?   子どもの頃に1度聞いたことがあると思うが思い出せない。  が、2人のトップ争いよりも気になったのは、大輝の言った言葉だった。 ――恐怖心みたいのがどこかに残っていて。  一生は大丈夫だろうか。ああ、どうして俺は今こんな所に座って顔に訳の分からないものを塗りたくられているんだ。本当だったら一生に届くほどの大声で『一生頑張れ! 一生いけ!』と、声がかれるほど叫び続けたいのに。  一生は他の選手や隼人とだけではない、一生は自分自身の恐怖とも戦っているかも知れないのだ。  そう思うと居てもたっても居られなかった。 「さぁ、メイクが終わった! 次は着替えよ」  旭葵が目を開けると、衣装係の女子が手に持っていたのは純白の着物だった。  その白さは眩しいほどで、よく見ると光沢のある糸で刺繍が施されていた。長い尾をたなびかせ大きく翼を広げたそれは不死鳥だった。 「今日、姫は勇者の花嫁になるのよ!」  花嫁だってなんだっていい、早く着替え終わってレースがどうなっているのか知りたい。  旭葵は大人しくマネキンのようにされるがまま、着付けをされる。  すると外がにわかに騒がしくなった。 「もしかしてもうゴール!? 早過ぎない?」  旭葵が窓際に駆け寄ろうとすると、女子3人がかりで体を押さえつけられる。 「ちょっと私見てくるね!」  メイクを担当した女子が教室の外に走り出て行った。  そんなはずはない、まだ湊からの電話もないのに。

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