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第148話
「一生……、彼女はどうすんの……?」
さっきから旭葵がずっと気になっていることを訊いてみた。
「鈴とはこの前別れた、つかフラれた。俺がアサを好きなのバレてて、男が好きな男には興味ないって言われた」
旭葵がファストフード店で2人を見た時、2人は別れ話をしていたのだった。
どこまで激カワちゃんが本気なのかは分からないが、彼女なりの終わらせ方だったのだろう。彼女は素敵な女の子だ。彼女の王子様はきっと近いうちに現れる。
人ごとのようだけど、旭葵は本気でそう思った。
「それじゃ、一生は最近学校が終わった後、休部までしてどこに行ってたんだ?」
一生はばつが悪そうに頭に手をやったが、やがて意を決したようにその手を結んだ。
「父さんのところ。トライアスロンのコーチをしてもらってた。絶対に勝ちたかったから。アサを隼人に取られたくなかったんだ。俺、トライアスロンを止めたのは、父さんのせいだけじゃないんだ。アサを好きになってはいけないって思った時、俺、ゴールが見えなくなってしまったんだ。俺はいつもゴールに向かって走っているようで、ゴールの先のアサを見ていたんだ。俺のゴールはいつでもアサだったんだ。今回さ、久しぶりに父さんに会って思ったんだ。父さんは母さんを不幸にした酷い奴だけど、父さんは父さんなりにいろんなことをものすごく悔やんでて、そしてやっぱり父さんはトライアスロンのすごい選手で……。それを見ると、俺、父さんを嫌いになれなくて。俺、これからどんな顔して母さんと接したらいいんだ」
その時いきなり病室のドアが開いた。
「一生、あなたって子は本当に馬鹿な子ね」
立っていたのは一生のお母さんだった。
「私が一生に“お父さんみたいにならないでね”って言ったのは、“お父さんみたいに自分の心を誤魔化すようなことはしないでね”っていう意味なのよ。一生が子どもの頃から旭葵君を好きなのはバレバレよ。いつもアサ、アサって旭葵君に夢中だったじゃない。なのにいきなり女の子と付き合い出すかと思えば、今にも泣きそうな顔をしてるもんだから、私、旭葵君に頼んだのよ、一生を見放さないであげて、って」
そういえば、一生のお母さんにそんなことを言われたこともあった。
一生が、本当なのか? と、視線を送って来る。
「一生、お母さんを幸せにしたければね、まずは一生が幸せになることなのよ。お母さんのために一生が大好きな旭葵君とトライアスロンを諦めるなんて、そんなことしてもらったって、お母さんは全然嬉しくない」
「母さん……」
「分かった? 分かったなら今度こそお父さんみたいになっちゃダメよ」
一生のお母さんは旭葵の方に向き直るとすっと背筋を伸ばした。
「旭葵君、一生をよろしくね」
お母さんは旭葵の手をしっかりと握ると、今日は人が足りなくて忙しいとぼやき、2人の着替えを置いて部屋を出て行った。
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