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第149話
病院の外に出ると西の空は色づき、夏の訪れを感じさせる香りがした。
バスの後部座席に2人並んで座った。乗客はまばらで、バスのエンジン音がやけに車内に響いていた。窓から宵に滲む水平線を眺めた。
「アサ……」
一生は旭葵の手を握ると指を絡ませてきた。
「なぁ、俺のことさっきからアサって……、聞きたいことがあるんだけど、一生の俺の記憶って本当は……」
「悪い……」
「やっぱり?」
「アサの記憶がなくなったのは本当だ。けど少しづつ思い出して、途中からはすっかり全部思い出してた」
「そか」
そうしてしばらく2人は無言でバスに揺られながら窓の外を眺めた。
一生の手がじわりと汗ばんだ。
「なぁ、アサ、さっきのキスって、あれは俺が大会で優勝したからしてくれただけか? それとも……」
「ばっ馬鹿、そんな理由であんなキスするわけないだろっ」
恥ずかしくなって握られた手を引っ込めようとしたが離してもらえなかった。
「じゃあさ、その、いいんだよな」
いいってなんだよ、と突っ込みそうになったが、墓穴を掘りそうな気がして止めた。
「俺、自分の気持ちにセーブをかけていた理由がさっき話した以外にもあるんだ。アサはさ、すごく嫌がるじゃないか、自分が女と間違われることを。俺にとってアサは女の子の代わりなんかじゃ絶対にないんだけど、でも……その、なんというか身体が、反応する。本来それは女の子に対してするものなのに、俺はアサに……、ものすごく……する。アサの一番近くにいて、アサを一番理解しているはずの俺がこんなふうだとアサが知ったら、アサをひどく傷つけると思った。とか言って、酷いことしてしまったんだけど。あの時は本当にごめん」
力で旭葵をねじ伏せ欲望をぶつけてきた一生。救急車の中で意識が朦朧としながらも旭葵に謝り続けた一生。
「別に、もう怒ってないよ」
「……、アサ」
一生の視線が頬に痛くて顔をそらすと、窓ガラス越しに一生と目が合った。
「俺、キスの続きを望んでもいいのか?」
一生の瞳の奥が熱を持ったように見えたのは、窓越しに見える宵の空のせいか。
「そっ、それは、あっ、着いた!」
旭葵は降車ボタンを押すと立ち上がった。
バスを降りると一生は言った。
「俺、これから旭葵んちに行くよ。旭葵のお婆さんに旭葵をブラジルに連れて行かないでくれって頼む」
果たして旭葵のお婆さんは一生を前にすんなりと陥落した。
どうやらお婆さんは、旭葵が最近しょんぼりしているのを見兼ねてブラジル行きを言い出したのもあったらしい。
「一生、婆さんが留守の間、旭葵の面倒を頼むわ」
ブラジル移住はなくなったが、お婆さんはこの夏中、1人でブラジルの旭葵の両親のところに遊びに行くと宣言した。
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