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第150話
週が明けての月曜日、大会で優勝を逃した隼人は思ったほど落ち込んではいなかった。
自分より早い奴がいるのを本当は知りながら、1番だともてはやされるのは隼人の美学に反することだったらしい。
「だからと言って、いつまでも2番に甘んじてるつもりはないからな」
そう言う隼人と、湊と大輝は、旭葵のブラジル行きがなくなったことを知ると大喜びしてくれた。
「やっぱり一生はすごいなぁ」
と、湊は感心し、
「愛の力だな」
昼休み、いつものように旭葵たちの教室にやってきた大輝はククッと笑った。
「なんだよ、その愛の力って」
「だってあれだろ、旭葵と一生、やっとくっついたんだろ。長かったよなぁ。一生も小3の時からよく頑張ったよなぁ」
「僕と大輝はさ、旭葵がここに引っ越してくる前から一生を知ってるからさ、言ってみれば旭葵より一生と付き合いが長いわけで、一生の気持ちなんてずっと前から分かってたよ」
「去年引っ越してきた俺でもすぐに分かるくらい、あいつの旭葵への愛情表現はストレートだったけどな」と、隼人。
「知らぬは旭葵本人だけで、長い春だったよな一生も」
大輝はここにはいない一生を同情するように目を細める。
「お、俺だってそれはなんとなく前から……」
気づいていたと言っても、ここ1年くらいで、それまでは全く分からなかった。
一生はそんなにも長い間、ずっと自分のことを想っていてくれたのだ。こんなに近くにいながら、それはとても苦しいことだったに違いない。
この前の病院での一生の告白といい、旭葵も一生のことで悩みはしたが、一生のそれは自分のそれとは比にならない気がした。
俺はずいぶんと一生を待たせたんだな。
病院からの帰り道、バスの中で訊かれた一生の言葉を旭葵は忘れた訳じゃなかった。
『俺、キスの続きを望んでもいいのか?』
夏休み、お婆さんがブラジルに旅立つと、旭葵の受験勉強の見張りを兼ねて一生が家に泊まりに来るようになった。一生のお母さんが夜勤でいない時は、旭葵が一生の家に泊まり込んで勉強をしたりもした。
一生はこの前の校内トライアスロン大会で公式ではないにしろ優勝したことで、ジュニアの覇者、阿久津一生復帰の噂が広まり、トライアスロン強豪大学からスカウトがきた。
「畜生、一生だけ試験なしでずるい」
旭葵は一生に説得され、一生と同じ大学を受験することになった。それがなかなか偏差値の高い大学で旭葵は必死だ。
「南米音楽同好会もあって、毎年海外の演奏者たちと共演するらしいよ」
「そうやって俺をその気にさせて……。あーっ、今日はもう止めだ止め、もう無理」
旭葵は鉛筆を投げ出すとそのまま床にゴロンと寝転んだ。
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