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そして、その年の年末 1

 去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの( 高浜虚子(たかはまきょし))  山、ならぬ庭眠る冬だからオフシーズンでもよさそうなものなのだが。俺、 青葉恒星(あおばこうせい)の実家、青葉造園の年末は実は意外と忙しい。 「わぁすごい!流し素麺何回できるかな?」  大音量の日本放送協会第一放送が作業用BGMとして流れる庭一杯に、片側を斜め切りにしたピカピカの青竹がシートの上にずらりと並べられている。小学生並みのしょうもない感想を漏らしたのは俺の恋人、 遠山玄英(とおやまくろえ)だ。 「そんなもんに使ってたまるか!この竹、最上級品なんだぞ!しかもクリスマス返上で洗って磨いたのに!」  第一素麺なんか寒いじゃんっ。ブリティッシュジョークってやつなのか?よく知らんけど。  代々続く、正月用の門松作りだ。    祖父ちゃんの若い頃は個人のお宅からの注文もそれなりにあったそうだが、今はほとんどが会社や店、あるいはホテルや観光施設用、カウントダウンイベントなどのディスプレイ用がほとんどだ。  12月の始めまではお得意さんの庭の冬支度ーー庭木の冬囲いやら池のメンテナンスやら、最近ではお年寄りが増えているので枯葉枯草の掃除なんかもーーがあって、一段落した頃に他県の山に松の枝や竹を買い付けに行く。  門松は歳神様の宿る場所なので、29日と31日を避けて早めに飾るのがいいとされている。が、大体の納品先は25日まではクリスマスディスプレイなので、納品日はそれ以降だ。生花みたいなもんだから、あんまり早々と作り置きしておくわけにもいかない。よって配送日直前に、クリスマス返上で作成、配達する。   「これはこれは遠山社長。せっかくのお休みだってのに、わざわざお越しいただいて恐縮です」  青葉造園三代目社長、俺の祖父ちゃんが満面の笑みで玄英を出迎えた。  玄英は初めて実家に連れて来た時、すわ国際結婚か!と間違われたほどの日本人離れした(実際、イギリス人とのクォーターだけど)中性的な美貌の持ち主だ。それより何より画期的なエコ素材を発明した天才研究者で、製造販売を一手に扱うベンチャー企業の社長。実家は今、彼の会社が扱う造園資材のモニターをやってもいる。  和物レトロ物大好き趣味と、スマートなのに気さくでユーモアのある人柄が祖父ちゃんと職人のおっちゃん達に気に入られた。造園屋の仕事自体に興味を持ったらしく、人手が要る時はこうして手伝いにも来てくれる。  特注で送られた「青葉造園」の法被まで着てすっかり実家のアイドルだ。  俺と玄英はみんながほのぼのと思っているような、ものすごく仲のいい友人ーーではなく将来も考えている恋人同士である。コンプライアンス系の回路が昭和で止まっている彼らにもいつか打ち明けて、受け入れてもらえるといいんだけど……そんな日が果たして来るんだろうか?  現実問題、俺の方は実はその前に片付けなければいけない問題がいくつかある。  まず、諸事情により5年ほど勤めた会社の早期退職に応じたため、持ち上がりかけていた玄英との同居話も一旦棚上げになった。  今年は実家と玄英の家(セレブ仕様のタワマン!コンシェルジュと核シェルターつき)に代わるがわる転がり込み、家業と短期のバイトを掛け持ちしては合間にバイク旅をするという気ままな自分探しの日々だった。  時々ーーいや、かなりの確率でリモート仕事持参の玄英がひっついて来て、ほとんど貧乏バカップル旅行だったような気もするが……しかも懲りないどころか味をしめた玄英が野外活動……いや、何でもない。  自分探し、とは。  お陰で実家の「結婚しろ」「家業継げ」の圧が「仕事見つけろ」の圧に変わったので、多少玄英を連れて来やすくなったーーいや、元々玄英とはスペック格差ありまくりなカップルなので、来年こそ本気でちゃんとしようとは思っているのだが。  除夜の鐘聞いたらちょっとは煩悩消えるんかな……はぁぁ。  

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