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そぎと寸胴 3

「祖父ちゃん。大晦日と正月、玄英もここん家に呼んでいいかな?」  祖父ちゃんはますます上機嫌になった。 「どうぞどうぞ。いくらでもゆっくりしてってください。造園屋の正月休みは長いですからね」 「お世話になります。そうなんですか?」  玄英はこの上ない好青年ぶりで、礼儀正しく頭を下げた。孫と爛れた「寝正月」を企んでいた変態とは思うまい……なんかごめん。祖父ちゃんにだけは代わりに謝っとく。 「昔っから松の内は刃物は使えないって言いますんで。つっても最近の業者さんは世間様に合わせて、三が日過ぎたら通常営業のトコが多いですがね。ウチは七日に門松の回収をやりますがそれまでは休みです」 「なるほど。勉強になります」 「さてと、口ばっか動かしてちゃ日が暮れちまう。ダイ、そっち持っとけ」  ベトナム出身の技能実習生のダイは、祖父ちゃんがつきっきりで作業を教えている。玄英は興味津々でそのまま祖父ちゃんとダイの作業を見ていた。 「竹の切り方が違いますね。どうしてですか?」  祖父ちゃんの竹は三本とも、先を斜め切りではなく真っ直ぐ横切りにしてある。 「さすが社長。いいところに気づきますね。これは町内の信用金庫さん用でさぁ」  祖父ちゃんは竹の切り方には「止まる」を示す寸胴と「流れる」を示すそぎの二種類があるんだと説明した。 「だからお金を貯める金融関係にはこういう寸胴の門松。社長達が作ってるそぎは本来、どんどんお客が回って商売繁盛するように、というお店用なんです」 「そんな意味があったんですね。面白い!」  玄英は目をキラキラさせて頷いた。 「昔は個人の家も寸胴でやってたもんですが、今、街歩いてて見かけんのはだいたいそぎの門松ですね。客も知らなきゃ、最近の業者もそこまで区別しねえ。  そぎの由来って言やあ、徳川家康が武田信玄に敗れた時『次は必ず首を取る』つって門松を斬り落としたって話もありますが」  ひええっ!正月前から物騒な……お陰でまた、ユーラのこと思い出しちゃったじゃないか! 「カドマツにサムライ?クールだ!」  玄英はあっけらかんとしている。 「はっはっは。社長さんもたいがい面白い方だね。こんな昔の決め事の話しても、怪訝そうな顔されたり煙たがられたりするほうが多いのに。あんた造園の仕事にも向いてそうだし、もしお嬢さんだったらそれこそ恒星の嫁にもらいたかったね」 「じっ、祖父ちゃんっ……」  サービス精神旺盛な祖父ちゃんの、やや悪ノリ気味な軽口だとわかってはいるが、俺は(たぶん頬を上気させたままつっ立ってる玄英も)感無量で胸が一杯になった。 「おっと、こういうのもセクハラなんだっけ。なにぶん年寄りなもんでね、勘弁してくださいよ」  祖父ちゃん、心なしかいつになく張り切っている。  盆暮の行事と仏事に人生懸けてる昭和ど真ん中世代の祖父ちゃんだが、人生もいよいよハーフタイム過ぎて後半戦、可愛い一人孫は三十路になるわ、家を出てったっきりのドラ娘(俺の母ちゃんな)は音信不通でウンでもスンでもないわ、友人知人も軒並み年取るわ……で何だかんだ、年末年始のプライベートが半ばルーティン化しているのは感じていた。  俺が子どもの頃の正月の七日間、会社は休み中でも社長の祖父ちゃんは顧客や取引先の挨拶回りやら組合や町内会の新年の会合にひっきりなしに出掛けていた。  三が日が過ぎた最初の土曜日は、青葉造園の新年会だった。職人のオッサンや事務のオバちゃんが子ども連れでやって来て庭で餅つきしたり、ホントに賑やかだった。  その時勤めていた人達も次々と独立したり定年退職したりで社員も減少傾向だし、同業者も年々減っている。  清さんが祖父ちゃんの女房役をこなしながら、長年敬遠していたエクステリアの下請け仕事やインターネット受注、あるいはお金にはならないが宣伝を兼ねてビオトープ体験とか園芸教室の講師とか…… 玄英との仕事の前から祖父ちゃんを説き伏せて新しい間口を色々広げておいてくれなかったら、とっくに廃業していたかもしれない。  そう遠くない将来、祖父ちゃんがいよいよリタイアしたら俺が世話するから、会社は清さんが継いでくれたらいいと思っている。

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