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去年今年 1
いよいよ202X年も残すところあとン時間……となった大晦日の午後。
「おい、清。塩持って来てくれ」
恒星の祖父、恒三が玄関の外から清武を呼んだ。
「へいっ」
中から現れた清武は手にした盛り塩を一つまみずつ恒三の喪服の胸、背中、足の順に塩を振りかけた。
「よりによって大晦日にお悔やみたぁ、とんだことでございましたね」
「寿命じゃあ仕方ねぇや。新年早々葬式ってのと、どっちがいいかって事もそうだが、てめぇで決められるもんじゃなし……」
恒三は服についた塩を丁寧に手で払って落とし、それをさらに足で数回踏んでから家に入った。セレモニーホールでの会葬の場合、宗派に関わらず挨拶状に浄めの塩が沿えられることが多いが、恒三は必ず出かける前に自ら盛り塩を準備しておいて家人にーー恒星の少年時代は恒星の仕事だったが、今は主に清武にーー塩で浄めさせる。
部屋に入ると清武は、恒三が脱いだ喪服をハンガーに掛けるなど世話を焼いた。
「奴さん、引退してからだいぶ経つが……持病の発作で孤独死だとよ」
「本当ですか。そら大変なことで」
「それでもヘルパーさんが二日目に見つけてくれたっつうんだから。夏場でもねえし、喪主さんもまだよかったんじゃねえかな」
「しかしよく、大晦日に葬儀屋がやってましたね」
「葬儀屋ってなぁ年中無休なんだよ。困るのは火葬場の方さ。年末年始の休みの前に無理言って、火葬だけ済ませたんだと。喪主さんも遠縁に近いような親戚だし、わざわざ年も越したくなかったんじゃねえかな」
「そんな事があるんですねぇ」
恒三はシャツの上に普段着のウールの着物を着、どてらを重ねるとやれやれと座り込んだ。
「ま、簡単な葬式でもあげてもらえただけよかったのかもしれねえが……何だか心底くたびれちまった。悪ぃが、お茶ぁ一杯くれねえかい」
「へい」
清武の入れたお茶を一口啜ると、恒三はしみじみと言った。
「昔ぁ町内会でも互助会なんてのがあってな。天涯孤独でも最期の面倒だけぁ見てもらえたもんだが……今ぁそういうつき合いもねぇからな」
「世知辛いですね」
「こういう事があるからよ、清。俺ぁお前さんが心配なんだ」
「俺は……まだ当分、葬式の心配は」
清武はさすがに少し面食らったように答えた。
「んな事言ってんじゃねえよ。この俺だってついこないだまでぁ、お前さんと同じ四十路だったんだぜ。五十過ぎてからの人生ってなぁ、釣瓶落としみてぇに早かったしな」
「……」
「俺ぁどうも家族運が薄い方だったらしく、この歳で独り身だが幸い、お前さんや恒星がいてくれる。一病息災で仕事もあるから、老境でもさほど寂しかぁねえ。
恒星はまだまだ甘ちゃんだが、男手一つでもどうにかまともに育ってくれたしな。この上手前 の目の黒いうちにひ孫が抱きてぇなんて贅沢言う気はねえよ。
だから俺ぁ手前の最期より、お前さん方のが心配でな」
「親方」
「だからお前さんにゃ常々、俺や恒星の面倒見から卒業して自分の幸せを考えてもらいてえって言ってんだ。お前さんほどのいい男なら、今からでも似合う連れ合いが見つかるんじゃないか」
「俺は……今の暮らしが充分幸せなんですが」
「清よ。歳ってなぁとってみねえとわかんねえもんだぜ。むしろこんなはずじゃなかったって事だらけだ。俺の歳んなったお前さんからの忠告だと思って聞いておけ」
「……」
「ま、そうは言っても人生、どうにもならねえことだらけだからな。お前さんのいざって時にゃ最悪、恒星がいる。だがな、逆は無理だ。俺もお前さんもあいつの人生の終わりまでぁ見守ってやるこたぁできねえんだぜ」
「……」
「ともかく、俺が遺言を遺す時にゃあ、お前さんを人生の最後の日まで見守るよう恒星によく言って聞かせるつもりだ。あいつはお前さんにそのくらいの借りがある」
「親方……」
清は声を震わせて頭を下げた。
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