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さて今年も残すところあと364日 1
「親方。風呂が沸きました」
夕方、ダイが恒三の部屋に来て告げた。青木造園の初詣を終えた恒三は、部屋着に着替えて清武と将棋を指しているところだった。
「おう、すまんな。一番風呂はお客人に入ってもらえーー姿が見えねえようだが」
「坊ちゃんの部屋で寝てると思います」
「何だ、客間を使ってもらえってあれほど言ってあんのに……恒星の奴」
「あの二人、本当に仲がいいですね」
「いくら仲がいいからって大掃除まで手伝わすわ、年明け早々連れ回すわ……親しき中にも礼儀ってのがあんだよ。一応はあちらさんが目上なんだから」
「玄英さ……遠山社長は楽しそうでしたよ。海はとても寒かったですけど。じゃあ、呼んできます」
「まっ……待てっ!ダイ!俺が行く」
二階に向かいかけたダイを、清武が慌てて止めた。
「?」
「なんでぇ清?そんなに焦って」
「あっ……いや、その」
「まさかお前さんこのまま、勝ち逃げしようって寸法じゃ」
「ち、違います。ええっと……ちょうど坊ちゃんに……話が」
「何だよ、正月っから深刻な面して。仕事の小言なら松が明けてからでいいだろ」
「いえ、仕事の話では」
「ならアレかい。部屋からエッチな本でも出てきたか?それくらい放っといてやれよ、いい大人なんだから。ははは」
そんな可愛いもんじゃないんですーーなどとはやっぱり言えず、清武は黙って頭を下げると廊下に出て階段を上がった。
日のあるうちからまさかとは思うが、玄英は一見、麗しく申し分のない貴公子然としていて常識の全く通じないようなところがあるしーー
あれは一年と少し前だったか。清武にはまだ、不用意に部屋の襖を開けて二人の密かな性癖ごと目撃してしまい、ショックの余り恒星に掴みかかってしまったトラウマがある。
この事は恒三はもちろん、誰にも知られないよう胸にしまい続けている。何なら墓の中まで持っていって永久封印するくらいの覚悟ではあるが、もちろん二人のことを庇っているわけでも、ましてや認めているわけでもない。
清武の知る限り恒星坊ちゃんはーー確かに昔から彼女より男友達を優先するきらいはあったし、啖呵切りで喧嘩っ早かった(そしてよく負けていた)があくまで麻疹 のように過ぎたヤンチャ時代のせいでーー恋愛対象が元々男性というわけでも、倒錯や嗜虐の嗜好があるわけでもなかったはずだ。
たまの個室掃除と数度の引っ越し手伝いでその辺は把握済みだ。もちろん本人には申告していない。
だとすると、年上で経験豊富な玄英につけ込まれて感化されてしまったに違いない……一見、長身の割に楚々として庇護欲を掻き立てる見た目だがどうして、アレはなかなかの知能犯だ。
決して波乱や修羅場を望んでいるわけではないし、できればどうかこのまま、他の誰にも気取られないうちに坊ちゃんの熱が冷めて正気に戻って欲しい。それが本音ではあるのだがーー
この一年余り、清武は人知れず鬱屈を抱え続けているのだった。
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